ものじゃ。……使命を仕損じた暁には、たとえ殺されても主人の名は云わぬ! なるほどな、感心なものじゃ」
しかし、何となくその云い方には、おだてる[#「おだてる」に傍点]ような所があった。そうしてやはり不純なものが、声の中に含まれていた。
「天晴《あっぱ》れ女丈夫と云ってもよい。……処刑するには惜しい烈婦じゃ。……とはいえ、お館の掟としてはのう」
網行燈の光に照らされ、猪首からかけて右反面が、薄|瑪瑙《めのう》色にパッと明るく、左反面は暗かったが、明るい方の眼をギラリと光らせ、頼母はにわかに怯かすように云った。
「いよいよ白状いたさぬとあれば、明日|其方《そち》を打ち首にせよとの、お館様よりのお沙汰なのだぞよ!」
お八重と女猿廻し
しかしお八重は「覚悟の前です」と、そういってでもいるかのように、髪の毛一筋動かさなかった。ただ柘榴《ざくろ》の蕾のような唇を、心持噛んだばかりであった。
(どうしてこんなことになったのだろう?)と彼女は心ひそかに思った。
お八重は今から二年ほど前に、奥方様附の腰元として、雇い入れられた女なのであるが、今日の昼間奥方様に呼ばれ、奥方様のお部屋へ行
前へ
次へ
全179ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング