せぬ」
「…………」
 頼母は無言で眉をひそめたが、やがてその眉をのんびりさせると、大胆な美しいお八重の姿を、寧ろ感心したように眺めやった。
 まことお八重は美しかった。年は二十二三でもあろうか、細々とした長目の頸は、象牙のように白く滑かであり、重く崩れて落ちそうな程にも、たくさんの髪の島田髷は、鬘かのように艶やかであった。張の強い涼しい眼、三ヶ月形の優しい眉、高くはあるがふっくりとした鼻、それが純粋の処女の気を帯びて、瓜実形の輪郭の顔に、綺麗に調和よく蒔かれている。
 小造りの体に纏っている衣裳は、紫の矢飛白《やがすり》の振袖で、帯は立矢の字に結ばれていた。
 そういう彼女が牢格子の中の、薄縁を敷いた上に膝を揃えて、端然として坐っている姿は「美しい悲惨」そのものであった。牢の中は薄明るかった。というのは格子の外側に、頼母が提げて来たらしい、網行燈が置いてあって、それから射している幽かな光が、格子の間々から射し入って、明暗を作っているからであった。
「見上げたの、見上げたものじゃ」
 ややあってから松浦頼母は、感心したような声で云った。
「武家に仕える女の身として、そういう覚悟は感心な
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