った。すると奥方様は彼女に向かい、百までの数字を書いてごらんと云われた。不思議なことと思いながら、云われるままに彼女は書いた。彼女は部屋へ戻ってから、そのようにして数字を書かされた者が、自分一人ではなくて大奥全体の女が、同じように書かされたということを聞いて、少しばかり不安に思った。
すると、間もなく奥方様のお部屋へ、また彼女は呼び出された。行ってみると何とその部屋には、奥家老の松浦頼母がいて、一葉の紙片を突き出した。昨夜女猿廻しのお葉《よう》へ、独楽のなかへ封じ入れて投げて与えた、自分からの隠語の紙片であった。ハ――ッとお八重は溜息を吐いた。
頼母の訊問は烈しかった。
「隠語の文字と其方《そち》の文字、同一のものと思われる、其方この隠語を書いたであろう?」
「書きましてござります」
「お館の外の何者かと謀《はか》り、お館の器類を、数々盗んで持ち出したであろう?」
「お言葉通りにござります」
「これほどの大事を女の身一つで、行なったものとは思われぬ、何者に頼まれてこのようなことをしたか?」
「わたくしの利慾からにござります。決して誰人《どなた》にも頼まれましたのではなく……」
「黙
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