ま》一揃いとして、普通に買入れたのに過ぎなかった。その親独楽も十個の子独楽も、名工四国太夫の製作にかかわる、名品であるということは、彼女にもよく解《わか》っていた。そうして子独楽の中の一個《ひとつ》だけが、廻すとその面へ文字を現わすことをも彼女はよく解っていた。
 すると、或日一人の武士が、飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》と宣《なの》りながら、彼女の許へ訪ねて来て、孕独楽を譲ってくれるようにと云った。しかしあやめ[#「あやめ」に傍点]は商売道具だから、独楽は譲れないと断った。すると覚兵衛は子独楽の一つ、文字を現わす子独楽を譲ってくれるようにと云い、莫大な金高を切り出した。それであやめ[#「あやめ」に傍点]はその子独楽が、尋常の品でないことを知った。それにその子独楽一つだけを譲れば、孕独楽は後家独楽になってしまう。そこであやめ[#「あやめ」に傍点]は断った。
 しかし、覚兵衛は断念しないで、その後もあやめを付け廻し、或いは嚇し或いは透かし[#「透かし」はママ]て、その子独楽を手中に入れようとした。それがあやめ[#「あやめ」に傍点]の疳に障り、感情的にその子独楽を、覚兵衛には譲るまいと
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