なったからである。
 木洩れの月光が銀箔のような斑《ふ》を、枯草ばかりで青草のない、まだ春なかばの地面のあちこちに、露を光らせて敷いていて、ぼっ[#「ぼっ」に傍点]と地面は明るかったが、猿の姿は見えなかった。
(たしかこの辺りへ叩き落としたはずだが)
 主税は地面へ顔を持って行った。
「あ」
 声に出して思わず言った。
 小独楽が一個《ひとつ》落ちているではないか。
 主税は袖を探ってみた。
 袖の中にも小独楽はあった。
(では別の独楽なのだな)
 地上の独楽を拾い上げ、主税は眼に近く持って来た。その独楽は大きさから形から、袖の中の独楽と同じであった。
「では」と呟いて左の掌の上で、主税は独楽を捻って廻し、月光の中へ掌を差し出し、廻る独楽の面をじっと見詰めた。
 しかし、独楽の面には、なんらの文字も現われなかった。
(この独楽には細工はないとみえる)
 いささか失望を感じながら、廻り止んだ独楽をつまみ上げ、なお仔細《こまか》く調べてみた。
 すると、独楽の面の手触りが何となく違うように思われた。
(はてな?)と主税は指に力を罩《こ》め、その面を強く左の方へ擦った。

   不思議な老人
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