は他に行くところはない。わたしも秩父へ行くことにしよう)
 お八重はこう悲しく心に決めて、彼らと一緒に歩いているのであった。
(主税様はどこにどうしておられるやら。……)
 思われるのは恋人のことであった。
 ほとんど江戸中残るところなく、主税の行方を探したのであったが、けっきょく知ることが出来なかった。
 秩父山中へ行ってしまったら、――又、江戸へでる機会はあるにしても、秩父山中にいる間は、主税を探すことは出来ないわけであって、探すことさえ出来ないのであるから、まして逢うことは絶対に出来ない。
 このことが彼女には悲しいのであった。
(いっそ江戸へ残ろうかしら?)
 でも一人江戸へ残ったところで、生活《くら》して行くことは出来そうもなかった。
 奉公をすれば奉公先の屋敷へ、体をしばられなければならないし、と云ってまさかに門付などになって、人の家の門へなどは立てそうもなかった。
(わたしには主税様は諦められない)
 月光が霜のように地面を明るめ、彼女の影や植木師たちの影を、長く細く曳いていた。
 荏原屋敷の土塀に添って、なお一行は歩いていた。
 と、土塀を抜きん出て、植込がこんもり茂っ
前へ 次へ
全179ページ中157ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング