てくれる思慕の情を、解していないことはなく、のみならずあやめ[#「あやめ」に傍点]は自分の生命《いのち》を、二度までも救ってくれた恩人であった!
(あやめ[#「あやめ」に傍点]の心に従わなければ……)
 このように思うことさえあった。
 しかし恋人お八重の生死が、凶とも吉とも解《わか》らない先に、他の女と契りを交わすことは、彼の心が許さなかった。そこでこれまではあやめ[#「あやめ」に傍点]に対して、故意《わざ》と冷淡に振舞って来た。
 が、今になってそのあやめ[#「あやめ」に傍点]から、このように激しく訴えられては、主税としては無理なく思われ、心が動かないではいられなかった。
 堅く眼を閉じてはいたけれど、あやめ[#「あやめ」に傍点]の泣いていることが感じられる。
(決して嫌いな女ではない)
 なかば恍惚となった心の中で、ふと主税はそう思った。
(綺麗で、情熱的で、覇気があって、家格も血統も立派なあやめ[#「あやめ」に傍点]! 好きな女だ好きな女だ! ……云いかわしたお八重という女さえなければ……)
 恋人ともなり夫婦ともなり、末長く暮らして行ける女だと思った。
(しかもこのように俺を
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