そとから舞い込んで来たらしい、雌雄《めお》の黄蝶がもつれ合いながら、襖へ時々羽を触れては、幽かな音を立てていた。
「例によりまして例の如くで」
主税の声が襖のむこうから、物憂そうに聞こえてきた。
「あやめ[#「あやめ」に傍点]殿にはご機嫌そうな、三味線を弾いて小唄をうとうて」
「そう覚しめして?」と眉と眉との間へ、縦皺を二筋深く引き、
「昼日中なんの機嫌がよくて、三味線なんか弾きましょう」
「…………」
主税からの返事は聞こえてこなかった。
「ねえ主税様」と又あやめ[#「あやめ」に傍点]は云った。
「心に悶えがあったればこそ、座頭の沢市《さわいち》は三味線を弾いて、小唄をうたったじゃアありませんか」
隣室からは返事がなく、幽かな空咳が聞こえてきた。
不平そうにあやめ[#「あやめ」に傍点]は立ち上ったが、開けられてある障子の間から、縁側や裏庭が見え、卯の花が雪のように咲いている、垣根を越して麦や野菜の、広々とした青い畑が、数十町も展開《ひら》けて見えた。
(何だろう? 人だかりがしているよ)
あやめ[#「あやめ」に傍点]は縁側へ出て行って、畑の中の野道の上に、十数人の男女が
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