追うかのように、覚兵衛の一味の屯している中へ、一文字に突き入った。
「しめた!」
「斬れ!」
「火に入る夏の虫!」
「わッはッはッ、斬れ、斬れ、斬れ!」
 嘲笑《あざけり》、罵声《ののしり》、憎悪《にくしみ》の声の中に、縦横に上下に走る稲妻! それかのように十数本の白刃が、主税の周囲《まわり》で閃いた。
 二声ばかり悲鳴が起こった。
 バラバラと囲みが解けて散った。
 乱れた髪、乱れた衣裳、敵の返り血を浴びて紅斑々! そういう姿の山岸主税は、血刀高々と頭上に捧げ、樫の木かのように立っている。
 が、彼の足許には、死骸が二つころがっていた。
 一人を取り囲んで十数人が、斬ろう突こうとしたところで、味方同士が邪魔となって、斬ることも突くことも出来ないものである。
 そこを狙って敵二人まで、主税は討って取ったらしい。
 地団太踏んで口惜しがったのは、飛田林覚兵衛であった。
「云い甲斐ない方々!」と杉の老木が、桶ほどの太さに立っている、その根元に突立ちながら、
「相手は一人、鬼神であろうと、討って取るに何の手間暇! ……もう一度引っつつんで斬り立てなされ! ……見られい彼奴《きゃつ》め心身疲れ、人心地とてない有様! 今が機会じゃ、ソレ斬り立てられい!」
 覚兵衛の言葉は事実であった。
 先刻《さっき》よりの乱闘に肉体《からだ》も精神《こころ》も疲労《つかれ》果てたらしい山岸主税は、立ってはいたが右へ左へ、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロとよろめいて、今にも仆れそうに見受けられた。

   愛する人を

「そうだ!」「やれ!」と覚兵衛の一味が、さながら逆浪の寄せるように、主税《ちから》を目掛けて寄せた時、遥かあなたの木間から、薄赤い一点の火の光が、鬼火のように不意に現われて、こなたへユラユラと寄って来た。
「南無三宝! 方々待たれい! 火の光が見える、何者か来る! 目つけられては一大事! 残念ながら一まず引こう! 味方の死人|負傷者《ておい》を片付け、退散々々方々退散」と杉の根元にいる覚兵衛が、狼狽した声でそう叫んだ。
 いかにも訓練が行き届いていた。その声に応じて十数人の、飛田林覚兵衛の一味達は、仆れている死人や負傷者を抱え、林を分け藪を巡り、いずこへともなく走り去った。
 で、その後には気味の悪いような、静寂《しずけさ》ばかりがこの境地に残った。
 常磐木《ときわぎ》――杉や松
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