、拝み討ちに切り付けた。
「わ、わ、わ、わ――ッ」とその武士は喚いた。脇腹から血を吹き出しているのが、木洩れの月光に黒く見えた。
 その武士が足を空ざまにして、丸太ん棒のように仆れた時には、とうに飛び起き、飛び起きざまに引き抜き、引き抜いた瞬間には敵を斬っていた、小野派一刀流では無双の使い手の、山岸主税は返り血を浴びずに、そこに聳えていた大楠木の幹を、背負うようにして立っていた。
 が、それにしても何と大勢の武士に、主税は取巻かれていることか!
 数間を距てて十数人の人影が、抜身をギラギラ光らせながら、静まり返っているではないか。
(何物だろう?)と主税は思った。
 しかし、問さえ発っせられなかった。
 前から二人、左右から一人ずつ、四人の武士が殺到して来た。
(死中活!)
 主税は躍り出で、前の一人の真向を割り、返す刀で右から来た一人の、肩を胸まで斬り下げた。
 とは云え、その次の瞬間には、主税は二本の白刃の下に、身をさらさざるを得なかった。
 しかし、辛うじてひとりの武士の、真向へ来た刀を巻き落とした。
 でも、もう一人の武士の刀を、左肩に受けなければならなかった。
(やられた!)
 しかし何たる奇跡か! その武士は刀をポタリと落とし、その手が首の辺りを掻きむしり、前のめりにドッと地上へ倒れた。
 勘兵衛の死に態と同じであった。
 その時であった側《そば》の大藪の陰から、女の声が聞こえてきた。
「助太刀してあげてよ、ね、助太刀して!」
「参るぞーッ」という怒りの大音が、その時女の声を蔽うたが、一人の武士が大鷲さながらに、主税を目掛けて襲いかかった。
 悄然たる太刀音がし、二本の刀が鍔迫り合いとなり、交叉された二本の白刃が、粘りをもって右に左に前に後ろに捻じ合った。
 主税は刀の間から、相手の顔を凝視した。
 両国橋で逢った浪人武士であった。

   解けた独楽の秘密

「やあ汝《おのれ》は!」と主税は叫んだ。
「両国橋で逢った浪人者!」
「そうよ」と浪人も即座に答えた。
「貴殿が手に入れた淀屋の独楽を、譲り受けようと掛け合った者よ。……隠すにもあたらぬ宣《なの》ってやろう、浪速《なにわ》の浪人|飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》! ……さてその時拙者は申した、貴殿の命を殺《あや》めても、淀屋の独楽を拙者が取ると! ……その期が今こそめぐって来たのじゃ!」
「淀
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