訊きになる。その後で猿廻しに身をやつして[#「やつして」に傍点]なんて、変なことを仰せになる! ……旦那、お前さんあの阿魔を、あやめ[#「あやめ」に傍点]の阿魔をおびき[#「おびき」に傍点]出し……」
「黙れ!」と主税は一喝した。
「黙っておればこやつ無礼! 拙者を誘拐《かどわか》しか何かのように……」
「おお誘拐しだとも、誘拐しでなくて何だ! あやめ[#「あやめ」に傍点]の阿魔を誘拐して、彼女の持っている秘密を奪い、一儲けしようとするのだろう! ……が、そうならお気の毒だ! 彼女はそんな秘密などより、荏原《えばら》屋敷の奴原を……」
「荏原屋敷だと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] おおその荏原屋敷とは……」
「そうれ、そうれ、そうれどうだ! 荏原屋敷まで知っている汝《おのれ》、どうでも平記帳面の侍じゃアねえ! 食わせ者だア――食わせものだア――ッ……わーッ」
と、これはどうしたことだろう。にわかに勘兵衛は悲鳴を上げ、両手で咽喉の辺りを掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]ったかと思うと、前のめり[#「のめり」に傍点]にバッタリと地へ倒れた。
「どうした勘兵衛!」と主税は驚き、介抱しようとして屈み込んだ。
その主税の眼の前の地上を、小蛇らしいものが一蜒りしたが、空店《あきだな》の雨戸の隙の方へ消えた。
息絶えたらしい勘兵衛の体は、もう延びたまま動かなかった。
「どうしたどうした!」
「勘兵衛の声だったぞ」と小屋の中から人声がし、幾人かの人間がドヤドヤと、木戸口の方へ来るらしかった。
(巻添えを食ってはたまらない)
こう思った主税が身を飜えして、この露路から走り出したのは、それから間もなくのことであった。
白刃に囲まれて
この時代《ころ》のお茶の水といえば、樹木と藪地と渓谷《たに》と川とで、形成《かたちづく》られた別天地で、都会の中の森林地帯であった。
昼間こそ人々は往《ゆ》き来したが、夜になるとほとんどだれも通らず、ただひたすら先を急いで迂回することをいとう人ばかりが、恐々《こわごわ》ながらもこの境地《とち》を、走るようにしてとおるばかりであった。
そのお茶の水の森林地帯へ、山岸主税が通りかかったのは、亥《い》の刻を過ごした頃であった。
あやめ[#「あやめ」に傍点]が行方不明となった、勘兵衛という太夫元が、何者かに頓死させられ
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