」と強気のあやめ[#「あやめ」に傍点]が、主税の後から後を追った。
「お葉や、お前はお八重様を連れて……」
「あい。……それでは。……お八重様!」
二人の女は先へ走った。主税の正面から浪人の一人が、命知らずにも斬り込んで来た。
「怨、晴らすぞ!」と主税は喚き、片膝折り敷くと思ったが、抜き持っていた刀を横へ払った。斬られた浪人は悲鳴と共に、手から刀を氷柱のように落とし、両手で右の脇腹を抑え、やがて仆れてノタウチ廻った。
すると、その横をひた[#「ひた」に傍点]走って、あやめ[#「あやめ」に傍点]の方へ突き進む男があった。
「八重! 女郎《めろう》! 逃がしてたまるか!」
あやめ[#「あやめ」に傍点]をお八重と間違えたらしく、こう叫んで大手を拡げたのは、太夫元の勘兵衛であった。
「汝《おのれ》は勘兵衛! 生きていたのか!」
お高祖頭巾をかなぐり捨たあやめ[#「あやめ」に傍点]は、内懐中《うちぶところ》へ片手を差し入れたまま、さすがに驚いて声をかけた。
「わりゃアあやめ[#「あやめ」に傍点]!」と仰天し、勘兵衛も震えながら音をあげた。
「どうしてここへ※[#感嘆符疑問符、1−8−78] こんな夜中に!」――でもようやく元気を取り戻すと、
「生き返ったのよ、業が深いからのう。……あんな生温い締め方では……」
「そうか、それじゃアもう一度」
あやめ[#「あやめ」に傍点]の手が素早く内懐中から抜かれて、高く頭上へ振りかぶられた。瞬間「わーッ」と勘兵衛は叫び、両手で咽喉を掻きむしった。
「これでもか! これでもか! これでもか」
ピンと延びている紐を手繰《たぐ》り、勘兵衛を地上に引き摺り引き摺り、
「くたばれ! 殺す! 今度こそ殺す! ……お父様の敵《かたき》! 敵の片割れ!」
「山岸氏参るぞ――ッ」と、もう一人の浪人と、主税の横から迫ったのは、飛田林覚兵衛《とんだばやしかくべえ》であった。が、覚兵衛はお八重らしい女が、もう一人の女と遥か彼方を、木立をくぐって走って行くのを見るや、
「南部氏……主税は……貴殿へお任せ! ……拙者はお八重を!」と浪人へ叫び、二人の女を追っかけた。
頼母は一旦は走り出たが、部屋へ置いて来た独楽のことが、気にかかってならなかった。
それで屋敷へ取って返し、廊下を小走り部屋へ入った。
「あッ」
頼母は立縮んだ。
赤いちゃんちゃんこを着
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