しろ馬琴を早く呼んで、褒め千切りたくてならないのであった。

手錠五十日
 明日《あす》とも云わず其日《そのひ》即刻《そっこく》、京伝は使いを走らせて馬琴を家へ呼んで来た。
「滝沢さん、素敵でげすなア」
 のっけ[#「のっけ」に傍点]から感嘆詞を浴びせかけたが、
「立派なものです。驚きやした。悠に一家を為して居りやす。京伝黙って頭を下げやす。門下などとは飛んでもない話。組合になりやしょう友達になりやしょう。いやいや私《わっち》こそ教えを受けやしょう」
 こんな具合に褒めたものである。
 馬琴は黙って聞いていたが、別に嬉しそうな顔もしない。大袈裟な言葉をのべつ幕無しふんだん[#「ふんだん」に傍点]に飛び出させる京伝の口を、寧ろ皮肉な眼付きをして、じろじろ見遣るばかりであった。
「それはさておきご相談……」
 と、京伝は落語でも語るようにペラペラ軽快に喋舌《しゃべ》って来たのを、ひょいとここで横へ逸らせ、
「どうでげすな滝沢さん、私の家へ来なすっては。一つ部屋へ机を並べて一諸に遣ろうじゃごわせんか」
「おおそれは何よりの事。洵《まこと》参って宜敷ゅうござるかな」
 馬琴はじめて莞爾とした。
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