武士こそ他ならぬ後年の曲亭馬琴であった。
「来て見れば左程でもなし富士の山。江戸で名高い山東庵京伝も思ったより薄っぺらな男ではあった」
 これが馬琴の眼にうつった山東京伝の印象であった。
「変に高慢でブッキラ棒で愛嬌のねえ侍じゃねえか。……第一体が大き過ぎらあ」
 京伝に映った馬琴の態度も決して感じのいいものではなかった。
 さも面倒だというように、馬琴の置いて行った原稿を、やおら京伝は取り上げたが、面白くもなさそうに読み出した。しかし十枚と読まない中に彼はすっかり魅せられた。そうして終《しま》い迄読んでしまうと深い溜息さえ吐いたものである。
「こいつアどうも驚いたな。いや実に甘《うま》いものだ。この力強い文章はどうだ。それに引証の該博さは。……この塩梅《あんばい》で進歩《すすむ》としたら五年三年の後が思い遣られる。まず一流という所だろう。……三十年五十年経った後には山東京伝という俺の名なんか口にする者さえなくなるだろう。……これこそ本当に天成《うまれながら》の戯作者とでもいうのであろう」
 こう考えて来て京伝はにわかに心が寂しくなり焦燥をさえ感じて来た。とはいえ嫉妬は感じなかった。む
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