何となく寂しくなった。肩を落とし首を垂れ、うそ寒そうに足を運ぶ。
「京伝は俗物、一九は洒落者、そうして三馬は小皮肉家。……俺一人|彼奴《きゃつ》らと異《ちが》う。これは確かに寂しいことだ。しかし」と馬琴は昂然と、その人一倍大きな頭を、元気よく肩の上へ振上げたが、
「人は人だ、俺は俺だ! 俺はやっぱり俺の道を行こう。仁義礼智……教訓……指導……俺は道徳で押して行こう。俺の目的は済世救民だ!」
 彼は足早に歩き出した。何の不安も無さそうである。
 その翌日のことであったが、物堅い馬琴は約束通り、儀礼年始の正装で一九の家を訪れた。
「これはこれは滝沢氏、ようこそおいで下されやした。何はともあれ初湯一風呂さあさあザッとお召しなさりませ。湯加減も上々吉、湯の辞儀は水とやら十段目でいって居りやす。年賀の挨拶もそれからのこと、へへへへ、お風呂召しましょう」
 一九は酷《ひど》くはしゃぎ[#「はしゃぎ」に傍点]廻り無闇と風呂を勧めるのであった。

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「左様でござるかな、仰せに従い、では一風呂いただきましょうかな」
 馬琴は喜んで立ち上り、一九の案内で風呂場へ行ったが、やがて手早く式服を脱
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