ぐと、まず手拭で肌を湿し、それから風呂へ身を沈めた。些か湯加減は温いようである。
「これは早速には出られそうもない。迂濶《うっか》り出ると風邪を引く。ちとこれは迷惑だわえ」
心中少しく閉口しながら馬琴はじっと[#「じっと」に傍点]沈んでいたが、銭湯と異い振舞い風呂、いつ迄漬かっても居られない。で手拭で体を拭き、急いで衣装を着けようとした。どうしたものか衣類がない。式服一切下襦袢までどこへ行ったものか影も形もない。
驚いた馬琴が手を拍つと、ノッソリ下男が頭を出したが、
「へえ、お客様、何かご用で?」
「私《わし》の衣類はどこへ遣ったな?」
「へえ、私《わたくし》知りましねえ」
「ご主人はどうなされた?」
「あわててどこかへ出て行きやした」
「何、出て行った? 客を捨てか?」
「珍しいことでごぜえません」
「寒くて耐らぬ。代わりの衣類は無いか」
「古布子《ふるぬのこ》ならござりますだ」
「古布子結構それを貸してくれ」
下男の持って来た布子を着、結び慣れない三尺を結び、座敷の真中へぽつねん[#「ぽつねん」に傍点]と坐り、馬琴は暫らく待っていたが、一九は容易に帰宅しない。
その中元旦の
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