こっそり[#「こっそり」に傍点]と、彼女の家の方へ行って見た。家には貸家札が張ってあった。
「予想通りだ」と私は云った。
「流浪の旅へでも出たのだろう」
私は安心と寂しさを感じた。彼女とは永遠に逢えないだろう。こう思われたからであった。
間もなく春が訪れて来た。
やがて晩春初夏となった。
彼女に目つかる心配はなかった。自由に散歩をすることが出来た。事の過ぎ去った後において、その事のあった遺跡を尋ね、思い出に耽るということは、作家には好もしいことであった。で私は公園へ行き、首を釣りかけた木へ触れたり、佐伯氏と逢ったロハ台に、腰を掛けて考えたりした。
菖蒲《あやめ》の花の咲く季節、苺が八百屋へ出る季節、この季節を私は愛する。
だんだん私は健康になった。
ある日久しぶりでK博士を訊ねた。
博士は有名な法医学者で、そうして探偵小説家であった。
その日も書斎で物を書いていた。
私はそこで話し込んだ。
と、博士が不意に云った。
「汎猶太《はんユダヤ》主義の秘密結社、フリーメーソンリイの会員達が、大分日本へ入り込みましたね」
「ああ左様でございますか」
「倫敦《ロンドン》タイ
前へ
次へ
全81ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング