油っこい物!
勿論私へも美食を進めた。私はあまり食べなかった。
一日に幾度も衣裳を変えた。しかも正式に変えたのであった。これも貴婦人の習慣であった。
そうして私へもそれを進めた。
私は心でこう叫んだ。
「謀叛人の女が良人《おっと》を進め、同じ謀叛人にしようとしている! マクベス夫人の心持だ!」
そうして私には感ぜられた、悲痛なマクベスの心持が。
彼女は定《き》まって一人で外出《で》た。どんな事があってもこの私と、連れ立って歩こうとはしなかった。
良人のあるということを、隠したがっているらしかった。
家財道具が新調された。黒壇細工! 埋木《うもれぎ》細工!
植木屋が庭の手入れに来た。鋏の音が庭に充ちた。
大工が部屋の手入れに来た。鉋の音が部屋に充ちた。
屋敷が次第に立派になった。
「そうさ、伽藍《がらん》がよくなければ、仏像に価値《ねうち》がつかないからな」
ある夕方自動車が着いた。
彼女は洋装で出かけて行った。
私は玄関まで従《つ》いて行った。それ、例の小姓のように。
自動車は自家用の大型物であった。
自動車の中に紳士がいた。顎鬚を撫して笑っていた。この
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