、キスしたのね。若い綺麗な芸子さんと。襟に白粉が着いてるわ」
……だが彼女はこの頃では、もうそんな事も云わなくなった。
私が戸外《そと》で何をしようと、気に掛けようとはしなかった。
これは一体どうしたのだろう? 何が彼女を変えたのだろう?
彼女は丸髷が好きであった。いつかそれを王女《クイン》髷に変えた。
家に居たがる女であった。ところがこの頃では用もないのに、戸外へばかり出たがった。
驚くべきことが発見された。彼女は実に僅かな間に、奇蹟的に美しくなり、奇蹟的に気高くなった。
「美粧倶楽部へでも行くのだな。恋人でも出来たのではあるまいか? 恋人が出来ると女という者は、急に美しくなるものだ」
私の心は痛くなった。憂鬱にならざるを得なかった。
14[#「14」は縦中横]
仰天するようなことが発見された。ある夜私は戸外から帰って来た。彼女は私の書斎にいた。細巻|煙草《たばこ》を喫《ふ》かしていた。煙草を支えた左手の指に、大きなダイヤが輝いていた。
「その指環は?」と私は云った。
私の知らない指環であった。
彼女は無言で指を延ばした。そうしてじっと[#「じっと」に傍点]ダ
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