だ。ところが英語で署名してある。これ一つでもこの銀貨の、贋物ということが証明できる」
私は思わず呟いた。
「いいえ」とその時妻が云った。
「え?」と私は顔を上げた。
紋章の研究に心を奪われ、彼女の事を忘れていた。
「お前何とか云ったかい」
彼女は返事をしなかった。彼女の表情には変なものがあった。眼が銀貨に食い付いていた。燃えるような熱のある眼であった。頬が病的に充血していた。ふっ[#「ふっ」に傍点]と彼女は私を見た。疑惑に充ちた眼であった。
「貴郎《あなた》」と彼女は叱るように云った。
「何人《どなた》からお借りしていらしったの? こんな妙な気味の悪いものを」
「気味が悪いって? どうしてだい?」
いわゆる唖然とした心持で、聞き返さざるを得なかった。
「贋金なんだよ、古代猶太のね」
「ねえ貴郎」と彼女は云った。
「何人からお借りしていらしったの? 聞かせて下さいよ。さあ直ぐに」
厳粛《げんしゅく》と云いたいような声であった。彼女にそぐわない[#「そぐわない」に傍点]声であった。
「佐伯って人だ。佐伯準一郎」
何だか私は不安になった。
「立派な紳士だよ、蒐集家なんだ」
「佐伯
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