き違いにセカセカ入って来たのは、革|商人《あきゅうど》のヤコブであった。
「さあさあマリア、銀三十枚だ。受け取ってくれ、お前の物だ。……その代わりお前は俺のものだ」
革財布をチャラチャラ揺すぶった。
「どれお見せ!」と引っ攫ったが、チラリと財布の底を見ると、
「ほんとにあるのね、銀三十枚。……じゃアいいわ、さあおいで」
寝室の戸をギーと開けた。
充分満足した革商人が、彼女の寝室から辷り出たのは、春の月が枝頭へ昇る頃であった。
マリアは深紅の寝巻を着、両股の間へ襞をつくり、寝台の縁へ腰かけていた。
銀三十枚が股の上にあった。
「畜生!」と突然彼女は叫んだ。
「一杯食った! ヤコブ面に!」
三十枚の銀をぶちまけ[#「ぶちまけ」に傍点]た。
「マリア!」とその時呼ぶ声がした。
「誰《だアれ》!」と彼女は娼婦声で云った。
「解らないのかい。驚いたなあ」
「あら解ってよ。お入んなさい」
彼女の情夫、祭司の長、カヤパが寝室へ入って来た。
「これはこれは」と彼は云った。
「銀《しろがね》の洪水と見えますわい」
「よかったらお前さん持っておいでな」
「気前がいいな。そいつアほんとか?」
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