ろしい脅迫だ!」
私はじっ[#「じっ」に傍点]と考え込んだ。
「だが真相はこれで解った。広告主が持主なのだ。貨幣の本《もと》の持主なのだ。それを盗んだのが佐伯氏だ。それで佐伯氏の放免を待ち受け、殺して貨幣を取ろうとしたのだ。殺すことには成功したが、取り返すことには失敗した。それは当然と云わなければならない。持っている人間が佐伯氏でなくて、全然別の彼女だったからな。そこでその人は賞を懸けて、貨幣すなわち銀三十枚を、取り返そうと試みたのだ。そうして一方手を尽くして、貨幣の持主を探したのだ。そうして彼女を目つけ出したのだ。……浮雲《あぶな》い浮雲い彼女は浮雲い!」
私の心は動揺した。
「国際的詐欺師の佐伯氏でさえ、容易に殺した人間だ。彼女を殺すぐらい何でもなかろう」
ポッと私の眼の前に、彼女の死骸が浮かんで来た。
「これはうっちゃっては[#「うっちゃっては」に傍点]置かれない」
私は急いで下宿を出た。俥《くるま》に乗って駈け付けた。公園を横切り町へ出た。
彼女の家へ駈け込んだ。
彼女は書斎に腰かけていた。彼女の顔は蒼白であった。銀三十枚が卓《テーブル》の上にあった。
私はツカツカと入って行った。
フッと彼女は眼を上げた。ゾッとするような眼付きであった。
「もう不可《いけ》ない」と私は云った。
「返しておしまい! 返しておしまい!」
「売りましょう! 売りましょう! 白金《プラチナ》を!」
ひっ[#「ひっ」に傍点]叩くように彼女は云った。
「持っていなければいいのだわ」
彼女はフラフラと書斎を出た。電話を掛ける声がした。
貴金属商へでも掛けるのだろう。
彼女は書斎へ帰って来た。私と向かって腰を掛けた。だが一言も云わなかった。時々ギリギリと歯軋りをした。
貴金属商の遣《や》って来たのは、それから一時間の後であった。
一枚の貨幣を投げ出した。ソロモンのマークの貨幣であった。
商人は貨幣を一見した。
「これは贋金でございますよ」
「莫迦をお云い!」と彼女は呶鳴った。
「以前一枚売ったんですよ。二つと世界にない質のいい白金! こう云って大金で買ってくれたのに!」
「本物だったのでございましょう。貴女のお売りになった白金は。これは白金ではございません」
商人の言葉は冷淡であった。
「いいのよいいのよそうかもしれない。たくさんあるのよ。白金はね。一枚ぐらいは贋金かもしれない。これはどう? この貨幣は?」
彼女はもう一枚投げ出した。ダビデのマークの貨幣であった。
「これも贋金でございます」
商人の答えは冷淡であった。
私と彼女とは眼を見合わせた。
「ふん、そうかい。贋金かい、白金はたくさんあるんだよ。二枚ぐらいは贋もあろうさ」
彼女は努めて冷静に云った。
「これはどうだろう! この貨幣は?」
また一枚を投げ出した。使徒ポーロのマークの付いた、ぴかぴか光る貨幣であった。
「これは贋金じゃアあるまいね?」
商人は手にさえ取らなかった。
「やはり贋金でございますよ」
「いいわ」と彼女は呻くように云った。
革財布を逆さにした。全部の白金を吐き出した。
「幾枚あるの? 本物は?」
23[#「23」は縦中横]
商人は一渡り眼を通した。上唇を綻ばせた。
「みんな贋金でございますよ」
「お帰り!」と彼女は呶鳴り付けた。
商人は冷笑して帰って行った。
「いえあいつは廻し者よ! 例の悪党の広告主、ええ、そいつの廻し者よ! 贋金だ贋金だと嘘を吐き、かっさらって[#「かっさらって」に傍点]行こうとしたんだわ! そんな古手に乗るものか! 電話ではいけない、行って来ましょう。行って店員を引っ張って来ましょう。信用のある金属商の、鑑定に達した店員をね」
彼女は書斎を飛び出した。電話をかける声がした。タクシを呼んでいるらしい。
間もなくタクシがやって来た。
彼女は乗って出て行った。
私は黙然と腰掛けていた。
「彼女はひょっと[#「ひょっと」に傍点]すると狂人《きちがい》になるぞ」
私はしばらく待っていた。
「この家には用はないはずだ。一応の忠告! それだけでいいのだ。聞くか聞かないかは彼女にある。……贋金であろうと本物であろうと、私には大して関係はない」
で、私は下宿へ帰った。
数日経った新聞に、次のような広告が掲げてあった。
「銀二十九枚の送主に告げる。貴女は非常に聡明であった。イスカリオテのユダを残し、後を郵送してよこしたことは、我等をして首肯せしめ微笑せしめた。安心せよ。危害を加えず」
「ついに彼女は郵送したと見える。イスカリオテのユダの付いた、一枚の貨幣を送らなかったのは、以前売ったからに相違ない」
とにかく私はホッとした。
「だが彼女は貧乏になった。もうあの家には住めないかもしれない」
ある日私は
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