らしく高貴になった。
「貴女様は一体|何人《どなた》様で?」
こう云いたいような女になった。
行くべき所へ行き着いてしまった。私は放蕩に耽るようになった。酒だ! 女だ! 寝泊りだ!
ある時ある所で三日泊まった。四日目の夕方帰って来た。
と、貸家札が張られてあった。
「鳥は逃げた!」と私は云った。
「オフェリヤ殿、オフェリヤ殿、尼寺へでもお行きやれ」
シェイクスピアの白《せりふ》が浮かんできた。
「尼寺なものか、極楽だ! マリア・マグダレナは極楽へ飛んだ」
私は大声で笑おうとした。が反対に胴顫いがした。
「だが、予定の行動を」
私は踵を返そうとした。
「お神さんえ、どうぞ一文、よし、俺は乞食になろう!」
「もし」とその時呼ぶ声がした。
側《そば》に小男が立っていた。
「へえへえ」と私は手を揉んだ。
「旦那様え、何かご用で?」
乞食の稽古をやり出した。
17[#「17」は縦中横]
「貴郎はここのご主人で?」
その洋服の紳士は云った。
「へえへえ左様で、昔はね。今は立ん棒でございますよ」
その紳士は微笑した。
「奥様からのお伝言《ことづけ》で。あるよい家が目つかりましたので、昨日《きのう》お移りなさいましたそうで。それで、お迎えに参りました」
「一体貴郎様はどういうお方で?」
「へい、タクシの運転手で」
「すぐ載っけろ! 馬鹿野郎!」
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街《ちまた》に落つる物の音
雨にはあらで落葉なる
明るき蒼き瓦斯《ガス》の燈《ひ》に
さまよう物は残れる蛾
[#ここで字下げ終わり]
廃頽詩人ヴェルレイヌ、卿《おんみ》だけだ! 知っている者は! 秋の呼吸《いぶき》を、落葉の心を、ひとり死に残った蛾の魂を。
私のタクシは駛《はし》っていた。
街路樹がその葉をこぼしていた。人々は外套を鎧っていた。寒そうに首をすっ込めていた。冬がそこまで歩いて来ていた。白無垢姿の冬であった。
「俺も長い間苦しんだなあ」
クッションへ蹲《うずくま》って考えた。
「もう堪忍してくれないかなあ」
私はじっと瞑目した。
「でなかったら葬ってくれ。落葉がいいよ、朴《ほう》の落葉が」
私のタクシは駛っていた。
「泣けたらどんなにいいだろう」
おずおず眼をあけて車外《そと》を覗いた。
そこは賑かな広小路であった。冬物が飾り窓に並べられてあった。それを覗いている
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