」に傍点]あるね、云って見給え」
「袂《たもと》にあるんだ、蟇口がな。いくらあるか知るものか」
刑事は腕から手を放した。
「調べてやろう、出したまえ」
私は袂から蟇口を出した。
「それ五円だ。それ赤銭だ。それ十銭だ。それ五円だ。まだあるぜ、それ十円だ」
「よしよし」と刑事は頷いた。
「それだけありゃア結構じゃアないか。歩いた歩いた送ってやろう。どうも手数のかかる奴だ」
また腕をひっ[#「ひっ」に傍点]掴んだ。町の方へ引っ張って行った。私は変に愉快になった。で、のべつ[#「のべつ」に傍点]にまくし立てた。
「莫迦だなあ刑事君、あの女は詐欺師なんだ。白金三十枚を隠しているんだ、一枚や二枚は使ったろう。とても大きな白金なんだ。五十|匁《もんめ》ぐらいはあるだろう。たった一枚で三千円だ。それがみんな[#「みんな」に傍点]で三十枚あるんだ。佐伯の物だ、大詐欺師のな。最初に俺が借りたんだ。そいつをあいつが取っちゃったんだ。あっ痛え! そう引っ張るな! 嘘じゃアねえ、本当のことだ。大馬鹿野郎め、ふん掴まえてしまえ! 引っかかったんだよ、ペテンにな。捕縛されるのが解《わか》ってたんだ。俺は文士だ、小説書きだ。そこをきゃつが狙ったんだ。でたらめの話をしやがって、俺の好奇心をそそりゃアがって、そいつを俺に預けやがったんだ。古いペテンだ、古いとも。牢から出ると取りに来るやつよ。いい隠し所を目つけたって訳さ。本当の事だ、信用しろ。家捜ししなよ、俺の家を、きっとどこかにあるだろう。……そこは女のあさましさだ。眼がクラクラと眩んだんだ。うん、白金を手に入れるとな。すっかり変わってしまやアがった。……」
刑事はニヤニヤ笑っていた。公園を出ると町であった。右角に貸自動車《タクシ》の待合があった。
「おい、自動車《タクシ》」と刑事は呼んだ。
「へい」と運転手が走って来た。
「この男を載っけてくれ」
すぐ自動車が引き出された。私はその中へ押し込まれた。
「金は持ってる、大丈夫だ。中村へでも送り込んでやれ。遊廓で一晩遊ばせてやれ」
こう云うと刑事は愉快そうに笑った。ひどく人のいい笑い方であった。
ゴーッと自動車は動き出した。
彼女は彼女の生活をした。私は私の生活をした。家庭生活は破壊された。だが一緒には住んでいた。彼女はますます美しくなった。近付きがたいまでに美しくなった。そうして素晴
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