兵も傷めず、龍の口城と船山城とをそっくりと手中へ収めることが出来た。張良の知謀もこれ迄であろう」
「殿」と郷介は笑《えま》しげに、
「それも恋からでござります」
「おお左様々々、そうであったな。もう月姫はお前の物だ」
「はい、忝《かたじ》けのう存じます」
「今日は愉快だ。実に愉快だ」
「はい愉快でございます。しかしたった[#「たった」に傍点]一つだけ。……」
「心がかりの事でもあるか?」
「罪もない乞食《ものごい》の老人を、鎗玉の犠牲にしましたこと、決してよい気持は致しませぬ」
「戦国の常だ。構うものか」
「それは左様でございますとも。しかし、この頃何となく、鎗玉に上げられたあの老人が、私の実の父かのように思われてならないのでございさます[#「ございさます」はママ]」
「アッハハハハ馬鹿なことを申せ。それはお前の心の迷いだ」
「……私は捨児でございましたそうで?」
「うん、そうだ、当歳の頃、光善寺の門前に捨られていたよ」
やがて郷介はご前を退り自分の邸へ帰って来た。
と、意外な来客があった。
「おおお前は杢介ではないか?」
「はい」と云って杢介は懐中から書面を取り出した。
「私にと
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