「ほほう左様か。玄海はどうだ?」
「やはり弱気に過ぎまする」
「其方随意に選ぶがよい」
「殿のご愛馬将門栗毛を、拝借致しとう存じます」
「何、将門? ううむ将門か?」
 最所治部は眼を顰めた。将門栗毛は治部にとっては生命《いのち》に次いでの秘蔵の名馬で、誰にもこれ迄借したことはない。――随意に選べと云った手前、今さらしかし貸さないとは云えない。
「おおよかろう、将門をせめろ[#「せめろ」に傍点]」
 そこで将門は引き出された。丈高く肥え太り、鬣荒く尾筒長く、生月《いけづき》、磨墨《するすみ》、漢の赤兎目《せきとめ》もこれまでであろうと思われるような、威風堂々たる逸物であったが、岡郷介は驚きもせずひらりとばかり跨《またが》るとタッタッタッタッと馬場を廻る。
「見事々々」と最所治部は思わず感嘆して声を掛けたが、途端に郷介一鞭くれると馬場の木柵を飛び越した。
「ワッハハハハ」と哄笑の声が郷介の口から迸《ほとばし》ったが、
「最所殿、治部殿、最所治部め! 大馬鹿殿の迂濶者め、郷介これでお暇申す! 将門栗毛は引出物、拙者この儘頂戴致す。さりとてお礼は申さぬ意《つもり》、口惜しく思わば取り返し
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