」
盗賊共は大恭悦で娘を手籠めにしようとした。頭目と見えて四十年輩の容貌魁偉の武士がいたが、ニヤニヤ笑って眺めている。娘はヒーッと悲鳴を上げ、逃げようとして※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いたが、これは逃げられるものではない。とうとう捉えられて担がれた。
「もうよかろう、さあ行くがいい」
頭目は笑いながらこう云った。その時、傍の藪陰から一人の老法師が現われた。
「これ少し待て! 何をするか!」
その法師は声を掛けた。落着き払った態度である。賊共はちょっと驚いて一|瞬間《しきり》にわかに静まった。
「俺の娘をどうする意《つもり》だ」
法師はまたも声を掛けた。嘲笑うような声である。
「これはお前の娘なのか」
賊の頭目は笑いながら、
「それは気の毒な事をしたな、野郎共娘を返してやれ」
そこで娘は肩から下され枯草の上へそっと置かれた。
賊共はガヤガヤ行き過ぎようとする。
「これ少し待て! 礼を知らぬ奴だ!」
法師は背後《うしろ》から声を掛けた。
「他人《ひと》の娘を手籠めにして置いて謝罪せぬとは何事だ!」
「なるほど、これはもっともだ」
賊の頭目は苦笑いしたが、
「ご坊、どうしたらよかろうな?」
「仕事の首尾はどうなのかな?」
あべこべに法師は訊き返した。
「それを訊いてどうするつもりか?」
「金に積ってなんぼ[#「なんぼ」に傍点]稼いだな?」
「たんともない、五千両ばかりよ」
「それだけの人数で五千両か」
「大きな事を云う坊主だ」
「それだけ皆置いて行け」
「何を!」と始めて頭目はその眼にキラキラと殺気を見せたが、
「ははあこいつ狂人《きちがい》だな」
「五千両みんな置いて行け」
法師は平然と云った。自信に充ちた態度である。嘲笑うような声音である。
3
「こいついよいよ狂人だ。俺達を何者と思っているか!」
「俺は知らぬ。知る必要もない」
「一体貴様は何者だ?」
「見られる通りの乞食坊主さ」
「そうではあるまい。そんなはずはない」
賊の頭目は相手の様子に少なからず興味を感じたらしく、
「名を宣《なの》れ。身分を宣れ」
「俺はな」と法師は物憂そうに、
「幸と云おうか不幸と云おうか、忘れ物をして来たよ」
「忘れ物をした? それは何だ?」
「磔《はりつけ》柱だ。磔柱だよ」
賊共はにわかにざわめいた[#「ざわめいた」に傍点]。それか
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