くすけ》というのへ、封じた書面を手渡した。そうして何事か囁いた。それから斎戒[#「斎戒」は底本では「斉戒」]沐浴し、討手の来るのを待ち受けた。討手の大将は椎名《しいな》金之丞と云って、情を知らぬ武士であったが、手向いもしない郷左衛門を高手小手に縛めると磔柱へ縛り付けた。
磔柱は車に積まれ、船山城の大手口まで、大勢の手で引き込まれた。
「船山城中へ物申す。岡郷介を戻せばよし、飽迄知らぬ存ぜぬとあらば、郷介の父郷左衝門をこの場において鎗玉に上げる」
椎名金之丞は大音にこう城内へ申し入れたが、城内からの返答は以前《まえ》と替わりがないのであった。
「岡郷介と申す者、当城中には決して居らぬ」
これが須々木家の返答であった。
「是非に及ばぬ。今はこれ迄」
金之丞は合図をした。
たちまち左右から突き出す鎗に郷左衛門は肋を刺されガックリ首を垂れたのである。
この日郷介は矢倉の窓からじっ[#「じっ」に傍点]と様子を眺めていたが、心の中では嘲笑っていた。
「素性も知れぬ乞食爺を俺の実父と思い込み磔刑沙汰とは笑止千万、お陰で計略図に当たり、ますます俺は須々木豊前に信用を得ると云うものだ。そこを目掛けの第二の計略! うまいぞうまいぞ」と北叟笑《ほくそえ》む。
こういうことがあって以来、最所家と須々木家とは不和になった。そこを狙って岡郷介は、実父の仇と偽わり怒り、最所治部の悪事を数えて須々木豊前へ焚き付ける。とうとう戦端は開かれた。僅か六月ではあったけれど岡郷介は最所家に仕え、城の要害、兵の強弱、武器の利鈍、兵糧の多寡、そういう事迄探り知っていたので、続々名案を考え出す。須々木豊前がそれを用いる。で、須々木方は戦う毎に勝ち、半年余り寄せ合った果、最所治部は戦没し、龍の口城は陥落《おちい》った。
須々木豊前は大いに喜び、凱旋するや盛宴を張って、部下の将士を慰ったが、功第一と記されたのは他でもない郷介であった。
歓喜の中にその日は暮れ、やがて夜となりその夜も明けた。たちまち大事件が持ち上った。城の大将須々木豊前が寝所で殺されているではないか。そうして郷介の姿が見えない。
数日経ったある夜のこと、矢津の城の奥深い部屋で、浮田直家と郷介とは、愉快そうに話していた。
「郷介、お前は恐ろしい奴だ。ただ弁口の才だけで、最所、須々木の二大名を、物の見事に滅ぼしてしまった。俺は一人の
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