戸を蹴った。
 死骸がバラバラと白骨になった。
「手品としては不味《まず》くない。だがね。恐怖を呼ぼうとするには、もう一段の工夫が入《い》る」
 突然鬼火が燃え上った。
 伊右衛門は刀へ手を掛けた。いやいや抜きはしなかった。
 剛悪振りを見せようとして、グイと落差にした迄であった。
「ふんだん[#「ふんだん」に傍点]に燃やせよ、焼酎火をな」
 非常にゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]した足取りで、伊右衛門は町の方へ帰って行った。
 後はシーンと静《しずか》であった。
 と、堀から人声がした。
「伊右衛門は度胸が据わったねえ」
 それは女の声であった。
「困ったものでございます」
 それは男の声であった。
 板戸の上下で話しているらしい。
 お岩と小平の声らしい。
「さあ、是から何《ど》うしよう」
「ああも悪党が徹底しては、どうすることも出来ません」小平の声は寂しそうであった。
「恐がらないとは不思議だねえ」お岩の声も寂しそうであった。
 水面に板戸が浮かんでいた。
 闇が其上を領していた。
 死骸の声は沈黙した。
 手近で鷭《ばん》の羽音がした。
「こうなっちゃあ仕方が無いよ。迚《とて》
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