も無理には嚇《おど》せないからね」お岩の声は憂鬱《ゆううつ》であった。
「あべこべ[#「あべこべ」に傍点]に私達が嚇されます」小平の声も憂鬱であった。
「ねえ小平さん」
 とお岩の声が云った。「もう祟《たた》るのは止めようよ」
「止むを得ませんね、止めましょう」
 お岩の声が恥しそうに云った。
「妾《わたし》、そこでご相談があるの。……濡衣を真実《ほんと》にしましょうよ」
「え」と云った小平の声には、寧《むし》ろ喜びが溢れていた。「あの、それでは、私達二人が」
「そうよ、夫婦になりましょうよ」
「大変結構でございまする」
「これには伊右衛門も驚くだろうね」
「こんな事でもしなかったら、彼奴《あいつ》は吃驚《びっく》りしますまい。……だが最《も》う私達は伊右衛門のことなど、これからは勘定に入れますまい」
 此処で声が一時止んだ。
 骨の軋《きし》む音がした。
 板戸を隔てた二つの死骸がどうやらキッスをしたらしい。
 ユラユラと板戸は動き出した。
「嬉しいのよ、小平さん」
「ああ私も、お岩さん」
 ユラユラと板戸は流れ出した。
 南無幽霊頓生菩提《なむゆうれいとんしょうぼだい》!
 お岩さ
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