方《こっち》で惚れちゃあ不可《いけ》ねえ」
「お談義かね、面白くもねえ」直助はフイと横を向いた。「惚れねえ前なら其お談義、役に立つかもしれねえが、今の私にゃあ役立たねえね」
「じゃあ最《も》う一つ手段がある」
「へえ、もう一つ、聞かして下せえ」
「好む所に応ずるのよ」
「あっさり[#「あっさり」に傍点]していて解らねえ」
「いいか、お袖へ斯う云うのさ。敵を目付けた其上に、助太刀ぐらいはしてやるから、俺の云うことを聞くがいいとな」
「成程、大きに可《い》いかも知れねえ」
「逆応用という奴《やつ》さ」
「今夜あたり遣《や》っ付《つ》けるか」
「ところで何《ど》うだ、稼業の方は?」
「今年は何うやら鰻|奴《め》が、上方の方へでも引っ越したらしい。何処《どこ》を漁《あさ》っても獲物がねえ」
「じゃあ随分貧的だろう?」
「顔色を見てくれ、艶《つや》があるかね」
「お袖は何うだ? 顔の艶は?」
「それがさ、俺よりもう一つ悪い」
「つまり栄養不良だな」
「商売物だけは食わせられねえ」
「今夜だけ其奴《そいつ》を食わせてやれ」
「え、鰻をかい? 今夜だけね?」
「そうさ、精力が無かったら、色気の方だっ
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