た。
 一尾の鯰《なまず》が掛かっていた。
 ポンと畚《びく》へ投げ込んだ。
「ところで何《ど》うだい、お前の方は? お袖《そで》と仲宜く暮らしているのか?」
 伊右衛門は斯う云って覗き込んだ。
「それがね、洵《まこと》に変梃《へんてこ》なんで」
 直助は此処で薄笑いをした。

       二

「変梃だって? 何《ど》う変なんだ?」
 伊右衛門は興味を持ったらしい。
「それ、お前《めえ》さんもご存知の通り、お袖《そで》の許婚《いいなずけ》は佐藤与茂七《さとうよもしち》、其奴《そいつ》を私が叩っ切り、敵《かたき》の目付かる其うち中、俺等《おいら》の所へ来るがいいと、斯う云ってお袖を連れて来たんでしょう。ところがお袖|奴《め》真《ま》に受けて、許婚の敵の知れる迄は、私に肌身を許さないそうで」
「やれやれ其奴《そいつ》はお気の毒だ。お前にしては気が長いな」
「短くしてえんだが成りそうもねえ」
「構うものか、腕力でやるさ」
「其奴《そいつ》だけは何《ど》うも出来そうもねえ」
「そりゃあ然《そ》うだろう、惚れてるからな」嘲笑《あざわら》うように鼻を鳴らした。「女を占めようと思ったら、決して此
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