て起こるめえ」
「うん、こいつぁ金言だ」
「それ、金言という奴は、行う所に値打がある」
「よしよし今夜だけ食わせてやろう」
「そうだ、其処だよ、今夜だけ[#「だけ」に傍点]だ。明日になったら麦飯をやんな」
「麦飯なら毎日食っている」
「おお然《そ》うか、そいつぁ不可《いけ》ねえ。豆腐のから[#「から」に傍点]でも食わせるがいい」伊右衛門は此処でニヤリとした。「一旦手中に入れたからは、女は虐《いじ》めて虐め抜くに限る。そうすると屹度《きっと》従《つ》いて来る。手が弛《ゆる》むと逃げ出すぞ」
「悪にかけちゃあお前《めえ》が上だ」
「天井抜けの不義非道」
「首が飛んでも動いて見せるか」
「なにさ、良心を麻痺させる、だけよ」
 また釣棹が動き出した。
 グイと伊右衛門は引き上げた。
「や、南無三、餌《え》を取られた。……それは然《そ》うとオイ直助、今日は鰻は取れたのか?」
「うんにゃ」
 と直助は首を振った。「店で買って食わせる気だ」
「そんなに金があるのかえ?」
「金はねえが料《しろ》がある」懐中《ふところ》から櫛《くし》を取り出した。「先刻《さっき》下ろした鰻掻、歯先に掛かった黒髪から、こ
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