男の視線を辿って行きました。岸に近い水面を睨んでいました。そこでわたしも水面を見ました。
(成程、これじゃア誰だって、眼をつけるだろうよ)
と、わたしは呟きましたっけ。この川(幅三十間といわれている庄内川)は、周囲にひろがってい、広漠《ひろびろ》とした耕地一帯をうるおす、灌漑《かんがい》用の川だったので、上流からは菜の葉や大根の葉や、藁屑《わらくず》などが流れて来ていましたが、どうでしょう、流れて来たそれらの葉や藁屑が、その男の立っている辺まで来ますと、緩《ゆる》く渦《うず》をまき、躊躇《ちゅうちょ》でもするように漂ったあげく、沈んでしまうではありませんか。(あれへ眼をつけるあの野郎こそ怪しい)
と、私といたしましては、職人風の男へかえって不審を打ったのでございます。
(只者じゃアない、うろんな奴だ)
私は考えに沈みながら、広い耕地を見やりました。野菜の名産地の尾張城下の郊外です、畑という畑には季節《とき》の野菜が、濃い緑、淡い緑、黄がかった緑などの氈《かお》を敷いておりましたっけ。人家などどこにも見えず、百姓家さえ近所にはありませんでした。いやたった一軒だけ、数町はなれた巽《た
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