。仰向《あおむ》けになろうとするらしい。
 武士が一人立っている。
 寝椅子の傍に立っている。
 ほかならぬ三蔵琢磨である。
 冷然として立っている。島子の嬌態など見ようともしない。顔など決して充血していない。といって決して青ざめてもいない。眼を正しく向けている。口を普通に結んでいる。足も決してふるえていない。こぶし[#「こぶし」に傍点]なども決して握っていない。あくまでも冷静沈着である。
 だが額の一所に、汗の玉のあるのはどうしたのだろう?
 木彫のように黙っている。だがもし彼が物をいったら、ふるえないということがどうしていえよう。
 ふるえ声を女に聞かれるのを、恐れて物をいわないのかもしれない。
 なぜ彼は島子を見ないのだろう? そういう女の嬌態などに、感興をひかないたち[#「たち」に傍点]だからだろうか? そういうようにも解される。だがその反対にも解される。そういう嬌態の誘惑を恐れ、それで島子を見ないのだと。
 だが彼はある物を見てはいた。
 彼の正面に壁がある。そこにある物がかかっていた。文政時代に似つかわしくない、外国製の柱時計であった。
 黒檀の枠、真鍮の振子! 振子は枠か
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