さりませ! ご覧なさりませ! 白い私を! 真っ白い私を!」
「後一分!」
「素裸体《すはだか》の私!」
 だが、その時音がした。
 十二時を報ずる時計の音!
 同時に庭から声がした。声というより悲鳴であった。しかも断末魔の悲鳴であった。しかも二人の悲鳴であった。
 同時に寝台からも声がした。これもやっぱり悲鳴であった。やはり断末魔の悲鳴であった。
 ギーッ! 音だ! ドアが開いた。
「あなた!」
「娘か!」
「いいえ葉末!」
「葉末というのか?」
「あなたの花嫁!」
 ひらかれたドアから現われたのは、花嫁姿の葉末であった。
「おいで!」
 と琢磨、手をひろげた。
 で、葉末と三蔵琢磨、はじめてやさしく抱擁した。
 その時壁からヒラヒラと、床の上へ落ちたものがある。
 四ヵ条を記した張り紙である。
 風かないしは幽霊の手か? どっちかがその紙を壁から放し、床の上へ落としたに相違ない。

        十三

「何んでもなかったのでございますよ。つまり私の役目といえば、用心棒に過ぎなかったので。原因は四ヵ条を書き記した、張り紙なのでございますよ。で、それからいうことにしましょう。(一)養女と良人と結婚すれば、財産は官へ寄附する事(二)養女が二十歳になるまでに、養女が死ぬか良人が死ぬか、ないしは二人死去するか、そういう場合には財産は、全部情人が取るべき事(三)養女満二十歳になった瞬間、その養女が誰かと結婚すれば、財産は養女と良人とが、半分ずつ分けて取るべき事(四)養女が二十歳になるまでに、良人が他の女と結婚すれば、財産は情人と養女とが、半分ずつ分けて取るべき事。――というのが四ヵ条の箇条書きなので。そうしてこれを書いたのは、養女――すなわち葉末さんですが、その葉末さんの養母であり、そうして三蔵琢磨氏の家内、陸女という女だということで。情人というのは他でもない、花垣志津馬という武士なのだそうで。遺言状だったのでございますよ。陸女の死ぬ時の遺言状だったので。その陸女という女ですが、ある札差しの家内でしてな、大変な財産を持っていたそうで。そうして後家さんになってから、琢磨氏と同棲したのだそうで。しかし自分の財産だけは、自分で持っていたそうです。そうして非常な漁色家で、花垣という美男の浪人と、関係していたということです。で、子が一人もないところから、葉末さんという娘を養女にしたところ、どうやら養女の葉末さんと、良人の琢磨氏とが愛し合っているらしい。で、嫉妬をしたのですね。そのうち死病にとっつかれ――業病だったということですが――死んでしまったのでございますよ。ところが死んで行く前までも、養女と良人との関係が、どうにも心にかかってならない。そこでそんなような遺言を――とても意地の悪い遺言を、残して行ったのだということです。ナーニ本人は死んでいるんだ、そんなつまらない遺言なんか、履行しなくたっていいのですが、その琢磨氏という人が、西洋の学が大すきで、こっそり研究しているうちに、死者の遺言というようなものを、尊重するようになったので、こだわって[#「こだわって」に傍点]しまったのでございますね。だがやり口がひどいというので、時々夜など遺言状の前で、生きてる女房に話しかけるように、大きな声で口説いたそうです。つまり非難をしたという訳で。……ところが遺言の中身ですが、よめばお解りになる通り、琢磨氏は葉末さんと結婚は出来ない。結婚すれば財産は、官へ没収されてしまう。葉末さんが二十歳になる前に、葉末さんも琢磨氏も死ぬことは出来ない。一人死んでも二人死んでも、財産は情人の花垣志津馬に、みんな取られることになる。で二人ながら注意して死なないようにしなければならない。葉末さんが二十歳になる前に、琢磨氏は誰とも結婚出来ない。もし琢磨氏が結婚すれば、財産は葉末さんと花垣とで、折半をして取ってしまう。ところで一方葉末さんとしては、満二十歳になった瞬間《とき》、ぜひ誰かと結婚しなければならない。もしその時結婚すれば、財産は葉末さんと琢磨氏とで、折半をして取ることが出来る。……しかるに一方花垣としては、葉末さんが二十歳になる前に、葉末さんを殺すか琢磨氏を殺すか、ないしは二人を一緒に殺すか、とにかくなきものにしなければならない。そうしてそれに成功すれば、財産はすっかり手にはいる。が、もしそれが出来なければ、何者か美人を差し向けて、三蔵琢磨氏を誘惑し、ぜひとも結婚させなければならない。そうしてそれに成功すれば、全財産の半分だけを、自分の手中に入れることが出来る。そこで花垣志津馬ですが、一方島子という自分の情婦を、琢磨氏の家へ入り込ませ、琢磨氏を誘惑させたそうです。大変もない美人だったので、琢磨氏も随分そそのかされ、あぶない時などもあったそうですが、とうとう誘惑に勝ったそう
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