く美しいものであった。キッパリとした富士額、生え際の濃さは珍らしいほどで、鬘を冠っているのかもしれない、そんなように思われたほどである。眉毛はむしろ上がり気持ちで、描いたそれのように鮮やかであった。鼻は高く肉薄く、神経質的の点があり、それがかえって彼女の顔を、気高いものに見せていた。唇は薄く、やや大きく、その左右がキュッと緊まり、意志の強さを示していた。だが何より特色的なのは、情熱そのもののような眼であった。どっちかといえば細くはあったが、そうして何んとなく三白眼式で、上眼を使う癖はあったが、その清らかさは類稀《たぐいまれ》で、近づきがたくさえ思われた。女としては高い身長《せい》で、発育盛りの娘としては、少し痩せすぎていることが、一方欠点とは思われたが、一方反対にそのために、姿が非常に美しく見えた。全体の様子が濃艶というより、清楚という方に近かったが、また内心に燃え上がっている、情熱の火を押し殺し、無理に冷静に構えているような、そんな様子も感ぜられた。
「あの娘と夫婦になる。どう考えたって有難いことだ」
旗二郎はこんなことを思いながら、グイグイ手酌で飲んで行った。
依然として酔いが廻らない。いよいよ眼が冴え心が冴え、とても眠気など射《さ》そうともしない。夜がだんだん更けて行く。更けるに従って屋敷内が、いよいよ静けさを呈して来る。
それにもかかわらず不思議なことには、訳のわからぬ不安の気が、旗二郎の心に感じられた。「よし」と突然どうしたのか、旗二郎は呟くと立ち上がった。取り上げたのは大小である。「どっちみち怪しい屋敷らしい。思い切って様子を探ってみよう。一室に籠もって酒を飲んで、事件の起こって来るやつを、待っているのは消極的だ。こっちからあべこべ[#「あべこべ」に傍点]に出かけて行き、屋敷の秘密を探ってやろう」
で、部屋から出て行ったが、はたして結城旗二郎、どんな怪異にぶつかったろう?
七
いつか旗二郎裏庭へ出た。
素晴らしく宏大な庭である。山の中へでもはいったようだ。
木立がか[#「か」に傍点]黒く繁っている。築山が高く盛り上がっている。広い泉水がたたえられてある。いたる所に花木がある。泉水には石橋がかかっている。
ずっと遙かの前方で、月光を刎ねているものがある。風にそよいでいる大竹藪だ。その奥に燈火がともっている。神の祠でもあるらしい。燈明の火がともっているらしい。
地面は苔でおおわれている。で、気味悪く足がすべる。
一所に小滝が落ちている。それに反射して月光が、水銀のようにチラチラする。
と、ほととぎすのなき声がした。
「まるで大名の下屋敷のようだ。その下屋敷の庭のようだ」
呟きながら旗二郎、築山のうしろまで行った時である。
築山の裾に岩組があり、それの蔭から黒々と、一個の人影が現われた。
「おや」
と思った時、掛け声もなく、スーッと何物か突き出した。キラキラと光る! 槍の穂だ! 黒影、槍を突き出したのである。
「あぶない!」
と思わず叫んだが、「何者!」と再度声を掛けた。とその時には旗二郎、槍のケラ首をひっ[#「ひっ」に傍点]掴んでいた。
と、黒影、声をかけた。
「先刻はご苦労、まさしく平打ち、ピッシリ肩先へ頂戴してござる。……で、お礼じゃ、槍進上! ……そこで拙者はこれでご免! ただしもう[#「もう」に傍点]一人現われましょう」
スポリとどこかへ消えてしまった。
団々と揺れるものがある。雪のように真っ白い。白牡丹の叢があるのであった。黒い人影の消えた時、恐らく花を揺すったのであろう。プーンと芳香が馨って来た。
「驚いたなあ、何んということだ。物騒千万、注意が肝腎。……槍進上とは胆が潰れる。……待てよ待てよ、何んとかいったっけ『先刻はご苦労、まさしく平打ち、ピッシリ肩先へ頂戴してござる』――ははあそうするとさっき方、この家の娘を門前で、かどわかそうとした奴だな? ……ふうむ、それではあいつらが、潜入をしているものと見える。いよいよ物騒、うっちゃっては置けない。葉末とかいう娘のため、ここの庭から駆り出してやろう」
ソロソロと進むと滝の前へ出た。
そこをよぎる[#「よぎる」に傍点]と林である。蘇鉄《そてつ》が十数本立っている。
と、その蔭から声がした。「これは結城氏結城氏、さっきは平打ち、いただいてござる。で、お礼! まずこうだ!」
ポンと人影飛び出して来た。キラリと夜空へ円が描かれ、続いて鏘然《しょうぜん》と音がした。パッと散ったは火花である。切り込んで来た敵の太刀を、抜き合わせた結城旗二郎、受けて火花を散らしたのである。
二人前後へ飛び退いた。
「お見事」と敵の声がした。「が、もう一人ご用心! ご免」
というと消えてしまった。
蘇鉄の頂きが光っている。
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