かな垂れ頬、ひきしまった頤、厚い耳たぶ[#「たぶ」に傍点]、長目の首、総体が華奢《きゃしゃ》で上品で、そうして何んとなく学者らしい。体格は中肉中|身長《ぜい》である。顔に負けない品位がある。着流しの黒紋付き、それで端然と坐っている様子は、安く踏んでも大旗本である。品位と貫禄と有福と、智恵と人情とを円満に備えた、立派な武士ということが出来る。
だが一つだけ不思議なのは、そのいうことやいう態度に、おちつき[#「おちつき」に傍点]のないことであった。どことなく何んとなくオドオドしている。何物をか恐れているようである。いっている言葉にも矛盾がある。そうしていわないでもよいようなことまで、いっているようなところがある。といってもそれが悪い心から、発しているものとは思われない。で、もちろん、加工的でもない。自然とそんなようになるのらしい。だからいよいよ変なのである。
何かに脅えているのらしい。何かに縋ろうとしているのらしい。助けられたがっているのらしい。――つまりそんなように見えるのであった。
「どうも不思議な人物だな。……変なところへ入り込んでしまった」
結城旗二郎は気味悪くなった。
「俺の意志など勘定にも入れず、勝手に決めてしまうのだからな。……俺が泊まろうともいわない先に、勝手に泊まることに決めてしまった。……が、どっちみちこの人物、悪党でないことは確からしい。で、この点は安心だ。いやいや悪党どころではない、非常に勝れた人物らしい。……だがそれにしても変だなあ、娘の親だとはいうけれど、ちっとも二人とも似ていないではないか。それにさ少し若過ぎる。娘の親としては若過ぎる。二十歳の娘に三十五歳の親。とすると十五で出来た子だ。女が十五で子を産むはいいが、男親の方が十五歳で子を産ませるとは早過ぎる。……といって、もちろん世の中に、全然ないことではないけれどな。……それにしても娘はどうしたんだろう? ちっとも姿を見せないではないか。……それにさこんなに途方もない、立派な広い屋敷だのに、一向召使いがいないらしい。考えてみれば、これも変だ。……何物か襲って来るという、その時には武勇を揮ってくれという、どう考えても変な屋敷だ。……が、まあまあそれもよかろう、よろしいよろしい乞われるままに、今夜この屋敷へ泊まってやろう。何か秘密があるのだろう、ひとつそいつをあばいてやろう」
で、旗二郎泊まることにしたが、はたしていろいろ気味の悪いことが、陸続として起こって来た。
六
通された部屋は寝所であった。
豪勢な夜具がしいてあった。
一通りの物が揃っていた。というのは結構な酒肴が、タラリと並べられてあるのであった。蒔絵の杯盤、蒔絵の銚子、九谷の盃、九谷の小皿、九谷の小鉢、九谷の大皿、それへ盛られた馳走なども、凝りに凝ったものである。金屏風が一双立て廻してある。それに描かれた孔雀の絵は、どうやら応挙の筆らしい。朱塗りの行燈が置いてある。その燈火に映じて金屏風が、眼を射るばかりに輝いている。片寄せて茶道具が置いてあり、茶釜がシンシン音立てている。
茶も飲めれば酒も飲める。寝たければ勝手に寝るがよい、寝ながら飲もうと随意である――といったように万事万端、自由に出来ているのであった。
が、一つだけ不足のものがあった。
酌をしてくれるものがないことである。
上《かけ》蒲団を刎ねた旗二郎、見ている者もないところから、敷蒲団の上へあぐら[#「あぐら」に傍点]を組み、手酌でグイグイ飲み出したが、考え込まざるを得なかった。
「どう考えたって変な屋敷だ、どう思ったって変な連中だ、からきし[#「からきし」に傍点]俺には見当がつかない。……それにさ、さっきの主人の言葉に、妙に気になる節があった」
というのは他でもない、「二十歳と二十三歳、ちょうど頃加減でございますからな」こういった主人の言葉である。
「これでは、まるでこの家の娘――そうそう葉末とかいったようだが、それと、この俺とを一緒にして、婚礼させようとしているように聞こえる。そういえば、さっき俺の身分を、それとなく尋ねたようでもあった。いよいよ合点がいかないなあ」
グイグイ手酌で飲んで行く。
だが酔いは少しも廻ろうともしない。心気がさえるばかりである。
「家の構え、諸道具や諸調度、これから推してもこの家は、大変もない財産家らしい。いや主人もそういった筈だ、人もうらやむほどの財産家だと。……その上娘はあの通り綺麗だ。婿にでもなれたら幸福者さ」
グイグイ手酌で飲んで行く。
葉末という娘の風采が、ボッと眼の前へ浮かんで来た。月の光で見たのだから、門前ではハッキリ判らなかったが、燈火の明るい家の中へはいり、旗二郎を父親へひきあわせ、スルリと奥へひっ込んだまでに、見て取った彼女の顔形は、全
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