を引っ立て社殿の中へ連れ込んだ。
すぐにガラガラと扉を締《と》じる。
それからオンコッコはニヤニヤ笑い、柱の一所へ手を触れた。
と、恐ろしい音がして、ホーキン氏の立っている足の下へ忽然として穴が開《あ》いた。すなわち床板が外れたのであって、アッという間もあらばこそホーキン氏の体はもんどり打って深い深い地の底へ落ち込んだ。
「おいホーキン! おい大将! そこでゆっくり[#「ゆっくり」に傍点]休むがいい。もっとも少し暗いけれどな。そうして少し黴臭《かびくさ》いけれどな。アッハハハゆっくり休みねえ。けれどあらかじめ云っておくがな、あんまりノコノコ歩き廻らぬがいい。うかうか歩くと迷児《まいご》になるぜ」
暗い穴の中を覗きながら、オンコッコは悪口を云った。それから外れた床板を篏めるとやがて扉《と》を開けて外へ出た。
戸外《そと》は戦いの最中である。
穴の底へ落ちたホーキン氏は幸い酷《ひど》い傷も受けず、落ちた拍子に縄も解けにわかに自由の身になった。
「やれやれどうも酷い目に会ったぞ。おやおや手足が擦《す》り剥《む》けている」
呟き呟きホーキン氏は四辺《あたり》の様子を探ろうとしてそっと立ち上がって歩いて見た。
「これが右だ。石の壁らしい。……これが左だ。やはり石壁か。……これが正面。これも石の壁だ。……さて背後《うしろ》はどうだろう? やはり石壁じゃあるまいかな?」
で、背後《うしろ》へ手をやって見た。スベスベとして酷く冷たい。石ではなくて鉄の壁らしい。
「鉄とあっては石壁よりまずい[#「まずい」に傍点]。おや、待てよ、変なものがあるぞ。……や、これは金《かね》の錠だ!」
力をこめて捻《ね》じって見た。金が腐っていたのであろう、何んの苦もなく捻じ切れた。とたんに鉄の扉がギーと開いて冷たい風が吹いて来た。
どうやら道でもあるらしい。
十三
窟《いわや》の中の生活には昼もなければ夜もない。いつも四辺《あたり》は闇である。その闇々たる窟の中で、土人の巫女《みこ》を話し相手として焚火《たきび》の火で暖を取り、小豆島《あずきじま》紋大夫は日を送った。
会話と云っても手真似《てまね》である。その覚束《おぼつか》ない手真似をもって、ようやく紋太夫が聞き出したのは、壺神様《つぼがみさま》の事である。
「この窟の奥、五里も八里も隔《へだ》たっている遠い遠い窟の奥に、壺神様の神殿がおありなさるのでございます。そうしてそこには蛇使いの恐い恐いお婆さんが、沢山の眷族《けんぞく》を引き連れて、住んでいるそうでございます。壺神様のご神体は剣《つるぎ》だそうでございます。それもただの剣ではなく、活き剣だそうでございます。物を云ったり歌を唄ったり歩いたりするそうでございます。恐い蛇使いのお婆さんは、神主《かんぬし》なのでございます」
これが巫女《みこ》の話であった。紋太夫は早くも感付いた。
「土人酋長オンコッコめが、俺に取って来いと云ったのは、この活き剣の事だったのか。取って来いなら取っても来よう。活き剣とは面白い」
で、手真似《てまね》で巫女《みこ》に訊いた。
「壺神様の神殿へはどう行ったらよいのかね?」
「奇数、偶数、奇数、偶数と、こう辿っておいでになれば、参られるそうではございますが、しかし行く事は出来ますまい」
「何故行くことが出来ないな?」
「行く道々悪者どもが蔓延《はびこ》っているそうでございます」
「とにかく私は行くことにしよう」
「これまで沢山の人達がその活き剣を取ろうとして、幾度《いくたび》行ったか知れませぬ。けれどそのうち一人として帰って来た人はござりませぬ。恐ろしい所でございます。決しておいでなさいますな」巫女は熱心に止めるのであった。
「私は東方の君子国日本という国の侍じゃ。恐ろしいということを知らぬ者じゃ」紋太夫はカラカラと笑い、「一旦行くと云ったからはどうでも一度は行かねばならぬ。これが武士《さむらい》の作法なのじゃ。巫女《みこ》殿まことに申しかねるが、一日分の食糧と松火《たいまつ》とを頂戴出来まいかな」
「どうでもおいでなされますか」
「活き剣を手に入れてきっと帰って参りまするぞ」
そこで松火と食物とを巫女の手から貰い受け、紋太夫は元気よく出立した。
ものの十町と行かないうちに無数の枝道が現われた。
「奇数、偶数、奇数、偶数、こう辿《たど》ればいいのだな。一は奇数だ、云うまでもなくな。……一の道を行ってやろう」
一番手近の枝道を彼はズンズン進んで行った。とまた無数の枝道へ出た。今度は手近から二番目の道を――偶数の道を進んで行った。奇数、偶数、奇数、偶数、これを繰《く》り返し繰り返し紋太夫は先へ進むのである。
行く手は暗々《あんあん》たる闇であったが手に松火《たいまつ》を持っているの
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