出されたのはジョン少年で、二人ながら革紐《かわひも》で縛られている。
「そこの杭《くい》へ縛り附けろ!」
 社殿の前の小広い空地に一本の杭が立っていたが、二人はそこへ縛り附けられた。
「さあそろそろやろうじゃないか。血を出せ血を出せ! 肉を削《そ》げ肉を削げ!」
 このオンコッコの合図と共に、社殿を廻っていた土人達は、杭の周囲《まわり》へ集まって来た。そうして二人の捕虜の周囲をグルグルグルグル廻り出した。そうして歌を唄い出した。
 いよいよ虐殺が始まるのである。
 彼らは捕虜を廻りながら、手に持っている槍や刀で捕虜の体を切るのであった。そうしてほとんど一日がかりで嬲《なぶ》り殺しにするのであった。
 今や一人の蛮人が、手に持っている両刃の剣で、ホーキン氏の腕を切ろうとした。とその刹那木立ちを通し一筋の征矢《そや》が飛んで来たが、その蛮人の拳に当った。
「あっ」と叫んで持っていた刀を手からポロリと取り落とす。とたんにドッと鬨《とき》の声が林の奥から湧き起こり、朝陽の輝く社殿を目がけ雨のように矢が飛んで来た。それが一本として空矢《あだや》はなく、生死は知らず二十人の土人バタバタと地上へ転《ころ》がった。
「それ敵が征《せ》めて来たぞ!」「弓を射ろ槍を飛ばせろ!」「敵は向こうの林の中にいるぞ! 油断をするな油断をするな」
「踊りを止めて武器をとれ!」
「捕虜《とりこ》を攫《さら》われない用心をしろ!」
「それ敵めが現われたぞ! 毒矢を射ろ毒矢を射ろ!」
 土人どもは狼狽し、右往左往に立ち迷いながらもそこは勇敢なセリ・インデアン、襲い来る敵に立ち向かった。
 その時またも林の中からドッとばかりに鬨の声が上り、ひとしきり[#「ひとしきり」に傍点]征矢《そや》が飛んで来たが、忽ち人影が現われ出た。
 先《さき》に立ったは来島十平太で、後《あと》に続いたのはゴルドン大佐、そうしてその後から雲霞《うんか》のように続々として現われ出《い》でたのはゴルドンの引率した二十人の兵と、十平太[#「十平太」は底本では「十兵太」]の率いた二百人の武士、しめて二百二十二人、日英同盟の勇士達であった。

        十二

 ところでどうしてこれらの勇士達が忽然《こつぜん》ここへ現われ出で土人に向かって攻撃を開始し、ホーキン氏親子の危い命を、間一髪に止めたかというに、それには次のような経路がある。
 ゴルドン大佐はホーキン氏の命で、日本の海豪《かいごう》小豆島紋太夫と、同盟の相談をしようものと、往復二日の予定をもってドームの露営地を出発したところ、不案内の蛮地であったがため予想外に日数がかかり、目指すビサンチン湾へ行き着いたのは実に五日目の真昼であった。
 しかるにこの時日本軍の方では、頭領小豆島紋太夫が土人部落へ行ったまま、五日経っても帰って来ず何の消息もないところから、来島十平太を大将としていよいよ土人の部落に向かい進撃しようとしていた時であった。
 そこで同盟はすぐに整《ととの》い、全軍五百のその中から二百人だけ選抜し、それへ英人二十人を加え、十平太とゴルドンが両大将となり、チブロン島を横断し計らずもここまでやって来たのであった。
 今や日英同盟軍とセリ・インデアンとの戦いはまさに白熱の最中にあったが、いかに土人が勇敢であってもとうてい日本武士には及ぶべくもなく次第次第に敗け色になった。
 土人酋長オンコッコは早くも味方の負け色を見ると、逃げ出すことに覚悟を決めたが、みすみすホーキン氏とジョン少年とを、奪いかえされるのが残念と思ったか、刀を握って走り寄り二人の傍《そば》へ近寄るや否や杭《くい》へ繋《つな》いだ縄を切り二人へ刀を突き附け、社殿の中へ連れ込もうとした。
 しかるにこの時思いもよらず裏切り者が現われた。他でもない祭司のバタチカンで、彼は最初にジョン少年が仲間の土人に捕らえられ殺されようとした時に、命乞いをして助けて以来、ジョン少年が可愛くてたまらず、杭に繋がれたその時からどうぞして助けようと思っていたところ、今その機会がやって来たので、隠れていた社殿の扉《と》を押し開き脱兎《だっと》のように走り出て、オンコッコの側《そば》へ近寄るや否ややにわにジョンを横抱きにして林の中へ逃げ込んだ。
 あっ[#「あっ」に傍点]と驚いたオンコッコは、
「裏切り者だ! 謀反人だ! 早く早くバタチカンを捉らえろ!」
 大声を上げて叫んだが、戦い最中のことではあり、誰とて耳に止めるものはない。そのうち早くもバタチカンの姿は木蔭に隠れて見えなくなった。
「よしよし餓鬼《がき》は逃げるがいい。そのうちきっと捉えてやる。……こうなったからには親父の方はどんなことがあっても逃がすことは出来ない。……さあ来やがれ! さあ来るがいい!」
 オンコッコは叫びながらホーキン氏の腕
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