様神様お助けください! おおジョンよすぐ行くぞよ! その土人を撲るがいい! その土人を蹴ってやるがいい! どこにいる? どこにいる? ジョンよどこにいるのだ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 云い云い奥へ走って行く。
「お父様。私は殺されます! 土人は毒矢をつがえました。私の頸《くび》を括《くく》っています!」
 そういう声はだんだん幽かにだんだん奥へ遠ざかって行く。
「ジョンよジョンよ失望してはいけない! これもう一度お父様と云え! もう一度お父様と云ってくれ! すぐ行く! すぐ行く! すぐ行くぞよ!」
 ホーキン氏はあたかも狂人《きちがい》のように、藪を潜り木立ちを分け、無二無三に走ったが、忽然《こつぜん》何者かに足を掬われドッとばかりに前へ倒れた。
 ハッと驚いて飛び起きようとする。とたんにバラバラと木蔭からセリ・インデアンが二十人余り、獣のように飛び出して来たが、起きようともがくホーキン氏の上へ折り重なって組み附いた。二十人に一人では敵《かな》うべくもなく、見る間にホーキン氏は縛り上げられた。
「むう、さては計略だったのか」
 初めて気が附いたホーキン氏は、牙を噛むばかりに怒ったが、縛られた今はどうすることも出来ない。
 喜んだのは土人達で、彼らは彼らの言葉をもって戦勝の歌を唄いながら、捕虜ホーキン氏を引っ立てた。
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麦と燕麦《からすむぎ》と椰子《やし》の実と
俺《おい》らの神様へ捧げよう
係蹄《わな》にかかった敵の捕虜《とりこ》
神様の犠牲《にえ》に捧げよう
肉は肉、骨は骨
バラバラにして食おうじゃねえか。
ああ、ああ、ああ、
捕虜《とりこ》を殺せ!
[#ここで字下げ終わり]

        十一

 チブロン島の夜が明けて遠征隊は起き上がったが、隊長ホーキン氏の姿が見えない。
「きっと朝の散歩だろう。林の中へでも行ったんだろう」
 彼らは互いにこう思ってたいして[#「たいして」に傍点]心配もしなかったが、しかし間もなく昼となり、そうしてとうとう晩になってもホーキン氏の姿が見えないので、にわかに彼らはあわて出した。
 こうして彼らは土人どもが何らか不思議な詭計《きけい》を設けて彼らの隊長ホーキン氏を昨夜のうちに誘拐《おびきだ》しどこか土人どもの本陣へ連れて行ったに相違ないと、こうようやく感附いたのはもうずっと[#「ずっと」に傍点]夜も更けてからであった。
「とにかく手を分けて探すことにしよう。ああしかしどうもとんだことになった」
 そこで彼らは全軍を三つの隊に分けることにした。一隊をもって部落を守り、他の二隊は夜を冒して土人の本陣に向かうことにした。
 南に向かった一隊の将は、チャンバレンという予備大尉で非常に勇敢な人物であり、北に向かった一隊の将はジョンソンという会社員上がりで思慮に富んだ人物であり、部落守備の隊長はマコーレーという人物で、生まれながらの冒険家でありホーキン氏にとっては片腕であった。
 各隊の人数は百人ずつで、いずれも決死の覚悟をもって各※[#二の字点、1−2−22]《おのおの》の任務についたのである。

「みんな唄うがいい! みんな踊るがいい! 敵の大将を捕虜《とりこ》にしたぞ!」
 土人酋長オンコッコは、社殿の縁に突っ立ち上がり、さも得意気に喋舌《しゃべ》るのであった。
「……最初俺達は敵の大将ホーキンの子供を捕虜《とりこ》にした。そこで俺達は考えた。このジョンという子伜《こせがれ》めをどうぞうまく囮《おとり》につかって敵の大将をおびき[#「おびき」に傍点]出したいとな。……そこでジョンをふん[#「ふん」に傍点]縛り部落近くへ連れて行きピシピシ鞭《むち》で撲《なぐ》ったものさ。するとこっちの思惑通りジョンめ親父の名を呼んだものさ。そこで親父のホーキンめが一人でノコノコやって来た。それをだんだんおびきよせ[#「おびきよせ」に傍点]、以前《まえかた》係蹄《わな》をかけて置いた林の奥まで引っ張り寄せ、そこでうまうま捉えたというものだ! 何んと愚かな敵じゃないか! 何んと利口な俺達じゃないか! ……さあみんな唄ってくれ! 大きな声で唄ってくれ!」
 住み慣れた部落を惜し気なく捨てここ社殿へ住居《すまい》を移した千人に余る土人どもは、この酋長の話を聞くと老若男女一斉にワッとばかりに喊声を上げ、社殿の周囲《まわり》を廻り出した。
 体には刺青《ほりもの》、手には武器、頭や腰を羽毛で飾った兇猛無残の食人族が、不思議な身振り奇怪な手振りで、踊りつ唄いつ廻り歩く様子は、何んと形容しようもない世にも物凄い光景であったが、しかし間もなくそれ以上の恐ろしい光景が展開された。
「もうよかろう引っ張り出せ!」
 オンコッコが叫ぶと同時に社殿の扉が左右に開いて、まず現われたのはホーキン氏、次に引き
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