、手足は垢黒み衣裳は破れ、悪臭がプンプン匂って来る。とても穢《きたな》い乞食であったが、ジョン少年を呼び掛けた。
「小僧、小僧、ちょっと待て!」
 ジョンは吃驚《びっくり》して立ち止まった。
「俺は病気で歩くことが出来ぬ。俺を背負って河を越せ!」横柄な不遜な物云いである。
 ジョン少年はムッとしたが、相手が年寄りの病人だと思うと、怒鳴り返すことも出来なかった。かえって乞食が気の毒になった。
「病気なの? 気の毒だなあ。ああいいとも背負ってあげよう」こう云いながら背を向けた。と、乞食は立ち上がり、痩せ涸れた体を凭《も》たせかけたが、見掛けに似合わず目方がある。
「ううん、畜生、ヤケに重いなあ」呟き呟きジョン少年は河を向こうへ越して行った。
 すると乞食は負われながらむやみと悪態を吐《つ》くのであった。
「ヤイ薄野呂《うすのろ》! 間抜け野郎! そんな方へ行くと溺れるぞ! そっちは淵だ! 深い淵だ! ヤイヤイ小僧どこへ行くんだ! そんな方へ行くと躓《つまず》くぞ! そこには大きな岩があるんだ! 何んというこいつは馬鹿なんだろう! 真っ直ぐに行きな真っ直ぐに。そうだそうだ真っ直ぐにな。おやこの餓鬼は横へ曲がったな。餓鬼のくせに云う事を聞かぬ。根性曲がりの悪垂《あくた》れ小僧め、ほんとに小憎らしい小僧じゃアねえか!」などと憎々しく怒鳴るのであった。
 ジョン少年は何んと云われても、相手になろうとはしなかった。「可哀そうな乞食だよ。あんまりこれまで苦労したので気が狂ったに違いない」――こう思えば腹も立たない。で黙って進んで行く。
 やがて河を渡り切るとジョン少年はほっとした。そこで乞食《こじき》を背中から下ろし帽子を取ると挨拶した。
「お爺さんさようなら。僕はこれで失敬するよ」
「まあお待ち」と乞食は云った。「お前はほんとに感心な子だね。よくお前は忍耐したね。俺はほんとに感心したよ。お前はきっと成功するよ。それは俺が保証してもいい。……さあ、ご褒美にいい物を上げよう」
 こう云いながら左右の手を、ジョンの眼の前でパッと開いた。黒い色をした石の玉が二つ掌《てのひら》に載っかっている。
「これはな」と老人は説明した。「世に珍らしい武器なのだよ。だからこれさえ持っていれば、大概の危難は遁《の》がれることが出来る。恐ろしい敵が襲って来ていよいよ命があぶなくなったら、こいつをその敵へ投
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