い! 宝は海の東南にあるそうじゃ」
「どのような宝でございますな?」
「隠されたる巨万の富だ!」
紋太夫は愉快そうに云う。
三
「隠されたる巨万の富?」十平太は鸚鵡《おうむ》返しに、「場所はどの辺でございますな?」
「遠い遠い海のあなたのメキシコという国じゃそうな」
「メキシコ? メキシコ? 聞かぬ名じゃ」
十平太は呟いた。
「そこに一つの湾がある」
「大きな湾でございましょうな?」
「日本の九州より大きいそうじゃ。湾の名は加利福尼亜《カリフォルニア》という」
「加利福尼亜《カリフォルニア》湾でございますかな」
「そこに一つの島があるそうじゃ。チブロンという島じゃそうな。宝はそこに隠されてあるのじゃ。――みんな地理書に記されてある」
「どのような宝でございましょうな?」
「砂金、宝石、異国の小判」
「無人の島でございますかな?」
「兇暴残忍の土人どもが無数に住んでいるそうじゃよ」
「頭領」
と十平太は立ち上がった。「土人どもを平《たい》らげて宝を奪おうではございませぬか」
「航海は往復二年かかるぞよ」
「二年?」と十平太は眼を見張った。
「恐ろしいか?」と紋太夫は笑う。
「何んの!」と十平太は哄笑した。
「瀬戸内海の大海賊、小豆島紋太夫の手下には、臆病者はおりませぬ筈!」
「おおいかにもその通りじゃ、それではいよいよ加利福尼亜《カリフォルニア》へ行くか!」
「申すまでもございませぬ」
「準備に半年はかかろうぞ」
「心得ましてございます」
「鉄砲、大砲も用意せねばならぬ」
「それも心得ておりまする」
「四方に散々《ちりぢり》に散っている友船を悉《ことごと》く集めねばならぬ」
「すぐに早船を遣《つか》わしましょう」
「よし」
と紋太夫は拳を固め黒檀の卓をトンと打った。とたんに首ががっくり[#「がっくり」に傍点]となる。
「ほい、あぶない」
と云いながら、両手で頸《くび》をグイと支えた。
「まだまだ首は渡されぬて、ハッハハハ」
と物凄く笑う。
真に気味の悪い笑声である。
八幡大菩薩の大旗を、足利《あしかが》時代の八幡船のように各自《めいめい》船首《へさき》へ押し立てた十隻の日本の軍船《いくさぶね》が、太平洋の浪を分けて想像もつかない大胆さで、南米|墨西哥《メキシコ》へ向かったのは天保末年夏のことであった。
幾度かの暴風幾度かの暴雨、
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