時には海賊に襲われたりして、つぶさに艱難を甞めた後、眼差す加利福尼亜《カリフォルニア》へ着いたのは日本を立ってから一年後の夏でもうこの時は軍船の数もわずか五隻となっていた。
 ここで物語は一変する。
 墨西哥《メキシコ》国、ソラノ州、熱帯植物の生い茂っているドームという海岸へ舞台は一変しなければならない。

 チブロン島とドーム地帯とは小地獄という海峡を距《へだ》ててほとんど真っ直ぐに向かい合っていた。その距離一里というのだから、互いの顔さえ解りそうである。
 そのドームの深林の中に天幕《テント》が幾十となく張ってあった。大英国の探険家ジョージ・ホーキン氏の一隊で、これもやはりチブロンの大宝庫を探し当てようため、遠征隊を組織して今からちょうど一月ほど前から窃《ひそ》かにここに屯《たむ》ろして様子を窺《うかが》っているのであった。
 熱国の夕暮れの美しさ。真紅|黄金《こがね》色、濃紫《こむらさき》落ちる太陽に照らされて、五彩に輝く雲の峰が、海のあなたにむら[#「むら」に傍点]立ち昇り、その余光が林の木々天幕の布を血のような気味の悪い色に染め付けている。
 鳥の啼く音や猿の叫び声や豹の吠え声や山犬の声などが、林の四方で騒がしくひっきり[#「ひっきり」に傍点]なしに聞こえていたが、それはどうやら遠征隊の傍若無人の振る舞いを怒っているようにも聞きなされた。
 と、一羽のメキシコ孔雀《くじゃく》が虹のような美しい尾をキラキラ夕陽に輝かせながら林の奥から飛んで来たが、天幕《テント》の側《そば》の低い木へ静かに止まって一声啼いた。
「やあ孔雀だ。綺麗だなあ」
 こういう声が聞こえたかと思うと、天幕の口から一人の少年がひらり[#「ひらり」に傍点]と身軽に走り出た、これはホーキン氏の令息でジョンと云って十二歳のきわめて愛らしい美少年であった。
「よし、こん畜生|捕《つか》まえてやるぞ」
 跫音《あしおと》を忍んで近寄って行き、そっと片手を差し出すと、孔雀はピョンと一刎ね刎ね他の灌木へ飛び移った。
「おやおや、こいつ狡猾《ずる》い奴だ」
 ジョンは口小言を云いながらまたそっちへ近寄って行く。
 とまた孔雀は他の木へ移った。
「いけねえいけねえ」
 と呟きながらジョンはそっちへ追って行く。

        四

 ジョンの姿はいつの間にか、木蔭に隠れて見えなくなった。
 夕栄えが褪《さ
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