り[#「ゆっくり」に傍点]ゆっくり翔《か》けて行く。
 ジョンは英国の少年である。そうして英国は海国である。ジョン少年は子供ながら、海の知識には富んでいた。丸木舟ぐらい漕ぐことが出来る。
 ひらり[#「ひらり」に傍点]と丸木舟へ飛び込んだ。
 烏を追おうとするのである。

        二十一

 一本足の烏に誘われ、ジョン少年が走り去ったとも知らず、司祭バタチカンは林の中を声を上げながら探し廻った。
「ジョンよ! ジョンよ! ジョンはいないかな! 林の外には敵がいるぞよ、林の外へ行くではないぞよ。ジョンよ。ジョンよどこにいるな!」
 しかしどこからも返辞がない。
 バタチカンは次第に不安になった。椰子《やし》の根もとに佇《たたず》みながら心配そうに考え込んだ。林の中は静かである。ここには何んの危険もない。美しい日光と涼しい風と香《におい》のよい草花と緑の木々、それらの物があるばかりだ。旨《うま》い果物《くだもの》や綺麗な泉、これらの物があるばかりだ。しかし一|度《たび》林の外へ出ると、恐ろしい土人が群れていよう。
「ジョンよ、ジョンよ!」
 とバタチカンはまた不安そうに呼んだけれど、ジョンの返辞は聞こえなかった。
「ああ心配だ心配だ。あの子はいったいどこへ行ったんだろう」
 益※[#二の字点、1−2−22]不安は加わって来る。その時にわかに大勢の人が歩いて来るような足音がした。
 ハッとバタチカンは仰天した。「オンコッコの仲間に違いない。見付かったが最後裏切り者として掟《おきて》通り殺されるだろう。逃げなければならない、逃げなければならない」
 彼は急いで藪地の方へ足音を忍んで走って行った。しかし藪地へ届かない前に彼は敵に見出《みい》だされた。それはオンコッコの仲間ではなくて、日英同盟の軍隊であった。すなわち来島十平太とゴルドン大佐との連合軍であった。
 忽ちバタチカンは縛《いまし》められ二大将の前へ引き据えられた。
「これ貴様は何者だ?」
 ゴルドン大佐がまず訊いた。
「土人の神職《かんぬし》でございます」バタチカンは英語でこう云った。ジョン少年からバタチカンは、速成に英語を学んだので普通の会話ぐらいは出来るのである。
「貴様の名は何んと云う?」
「はい、バタチカンと申します」
「仲間の土人はどこへ行った?」
「私、一向存じません」
「何、知らぬ? それは何故
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