の烏《からす》があったとさ。その烏は一本足でね、形は変に醜《みにく》かったけれど、大変利口な鳥だったそうだよ。その烏がある日のこと土人に向かってこう云ったそうだよ――
『チブロン島には宝はない。実は宝は海の上にある。船に乗って従《つ》いておいで! 私がそこまで案内しよう。けれど随分危険だぞよ。歌を唄う人魚とか、揺れている大岩とかその他山ほど恐ろしいことがある。それを承知なら従いて来い。宝の側まで連れて行ってやろう』
 ところが土人達は臆病で、従いて行こうとしなかったので、烏はとうとう愛想を尽かしてどこかへ飛んで行ってしまったとさ」
「それで烏はどこへ行ったの?」ジョン少年は訊くのであった。
「さあどこへ行ったものかね。それは私《わし》も知らないよ」
「二度と烏はやって来ないの?」
「さあそれも知らないよ」
「僕、烏に逢いたいなア」
「どうして烏に逢いたい?」
「僕、宝島へ行ってみたいよ」
「宝島へなら私《わし》も行きたい」
「烏! 烏!一本足の烏!」
 ジョン少年は歌いながら、森の奥へ駈けて行った。
 ちょうど同じ日の午後であったが、ジョン少年は森の奥で一羽の烏を発見した。残念なことにはその烏は一本足ではなかったけれど、しかし立派な大烏で、少年の空想を充たせるには、充分の値打ちを持っていた。
「烏、烏、大きな烏!」
 ジョン少年は歌いながらそっと石を拾い取り、何気ない風を装《よそお》ったが、忽ちビューッと投げ付けた。彼の考えでは石を投げ付け、黒い逞《たくま》しい二本の足の一本を折ろうとしたのである。
 狙った石は誤またず、一本の足へ当たったが、これが奇蹟とでも云うのであろうか、その足が折れて落ちて来た。
「あっ」
 と驚いたジョン少年は思わず声を筒抜かせたが、それより一層驚いたのは足を折られた大烏で、バタバタと枝から離れると、さも倦怠《だる》そうに羽摶《はばた》きながら、森を潜って舞って行く。
「烏、烏、一本足の烏! 烏、烏、一本足の烏」
 ジョンは夢中に叫びながら烏の後を追っかけた。
「ジョンよ、ジョンよ!」とバタチカンの声が、背後《うしろ》から心配そうに呼ばわったが、ジョン少年は返辞さえしない。
 いつしか森も出外れた。
 と、突然、海岸へ出た。潮が岸へ寄せている。一つの小さい入江があり、そこに一艘の丸木舟が、波に揺れながら漂っていた。そうして烏は海の上をゆっく
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