そうで。婚礼の晴着姿で駕籠に乗られた時の美しさにはその若党も恍惚《うっとり》としたそうです。ところがどうでしょう、向こうのお屋敷で、今頃は高砂《たかさご》をうたっておられるだろうと思われる時刻に、そのお嬢様が一人で帰って来られ、若党へ、これからすぐ妾と一緒に行っておくれとおっしゃったそうで。どこへと若党が驚いて訊くと、いいから妾と一緒においでと云うのだそうです。そこで若党は夢中のありさまで従《つ》いて行ったところ、お嬢様は途中で駕籠をやとい、山越しをして某《なにがし》という湯治場へ行かれ、そこで一夜をその若党と明かされたそうですが、もちろん二人の仲には何事も……」
「へえ、そいつは感心ですねえ。……それにしてもどうして婚礼の席から?」
片耳を切られて
こう口を出したのは、越中の薬売りだという三十一、二の小柄の男であった。
「まアお聞きなさい。……お嬢様は、良人《おっと》になる奉行の息子というのが、兎口《みつくち》の醜男《ぶおとこ》なので嫌いぬいていたんですが、親と親との約束なのでどうにもならず、それで婚礼の席へは出たものの、今夜からこの男と……と思ったらいても立ってもいら
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