る[#「ひったくる」に傍点]と、蹴放されたままで、月光を射し込ませている表戸の開間《あきま》から、戸外《そと》へ走り出た。
 その後を追って佐五衛門も走った。
 と、その時、捕り方の叫ぶ声が聞こえて来た。
「方々、ご用心なされ、三国峠の権の手下五人が、この湯宿に、権めを待ち迎えおるということでござるぞ!」
(あッ)
 と佐五衛門は、それを聞くと、思わず口の中で叫んだ。そうして思った。
(そうか、これで解った、炉端に集まっていた五人の湯治客、三国峠の権の手下だったんだ。あいつらの話した話は――片耳を切られた武士《さむらい》の話は、権の過去の出来事だったんだ。ああいう話を俺《おい》らに聞かせておいて、こんな場合に、味方になってくれと謎をかけたんだ。それに違えねえ。……つづけざまにあんな目に逢わされりゃア誰だって悪党にならア。……三国峠の権、根は善人とも!)

 谷の方から竹法螺の音《ね》が聞こえたので、捕り方たちは、三国峠の権が捕えられたと思ったのだろう、屋内や木蔭などから走り出し、谷を目ざして走って行った。と、その隙を狙い、五人の手下に護られた三国峠の権が、谷とは反対の、山の方へ遁がれて
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