行くのが見られた。一刻も早く姿を隠さなければならなかった。見れば、主屋と離れて、山の中腹にかけ[#「かけ」に傍点]づくりになっている別館《はなれ》があって、主屋と廊下でつながれていた。あの別館へ一時身をかくし、手下どもが用意して来た衣裳と着換えよう――こう権は思った。そこで崖をよじ上り、廊下へ這い上がった。部屋の中へ駆け込もうとしたとたんに、
「……権よ! この耳を切っておくれ!」
という女の声が聞こえ、部屋から女が走り出して来た。
「…………」
「…………」
権之介――三国峠の権と松乃とはヒタと顔を合わせた。
谷からは尚お蘭の吹く竹法螺の音が聞こえて来ていた。
「権! ……権之介様、恨みある妾の耳を、さあお切りくださいませ!」
谷からは、――本当は悪党ではない三国峠の権よ、早くここから逃げておくれというように、お蘭の吹く竹法螺の音が聞こえて来た。
「俺ア」
と権は云った。
「お前なんか知らねえ、昔から今までお前のような女知らねえ」
松乃は廊下へ仆れた。
耳の痛みが次第に消えて行く中で彼女は思った。
(救われた! 妾は救われた)
三国峠の林の中を、五人の手下と一緒に、
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