人じゃアないから安心だわ)
 彼女にはさっきの湯治客の話が、やはり心にかかっているのであった。
 この湯殿は主屋《おもや》と離れてたててあり、そうして主屋よりひくくたててあった。それで二十段もある階段が斜《はす》に上にかかって、その行き詰まりの所に出入り口があり、そこに古びた長方形の行燈がかけてあった。それでこの十坪ぐらいしかない湯殿は、ほんのぼんやりとしか明るくなかった。湯槽《ゆぶね》の広さは三坪ぐらいでもあろうか、だから高い階段の一番上に立って、湯に浸かっているお蘭を見下ろしたなら、薄黄色い行燈の光と、灰色の湯気とに包まれた、可愛らしい小さい裸体《はだか》の人形が、行水でも使っているように見えたことだろう。明礬質《みょうばんしつ》のこの温泉《いでゆ》は、清水以上に玲瓏としていて、入浴《はい》っている人の体を美しく見せた。胸が豊かで、膝から下の足が素直に延びているお蘭の体は、湯から出ている胸から上は瑪瑙色《めのういろ》に映《は》えていたが、胸から下は、白蝋《はくろう》のように蒼いまでに白く見えていた。お蘭は時々唇をとんがらせ、顔を上向け、眼の辺へかかって来る、絹糸のような湯気を吹き散
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